作者別: NGO
を振り返り。
今まで(私がくるまで)の流れからすると…。
随分飛ばしてきた。
無理もしたんだと思う。
時間に追われ、やるべき事に追われ、気を抜くと怒られ。
付き合わされたTSW諸君は本当に大変だった。
と感じるんだろうな。TSWの諸君だけでなく、近くにいる大人の方々にとっても。
でもね、これが普通なんだ、私にとっては。
流れている時間が違うのかもね。
よく、大学時代に自嘲を込めてこういったものだ。(元々は言われていたのかも知れない)
長久手時間=定刻より1時間遅れ。
では、ここでは?
TSW時間=定刻より○○時間遅れ?
単にその時間分ずれているのではなく、係数aがあって何倍も時間がかかることが多いような。
もちろん、だからといって私の流れている時間が正しいなんてこれっぽっちも思っていない。
ただ、世の中には色んな時間の流れがあるってことを知って欲しい。
井の中の蛙にはなって欲しくないんだな。東三河の田舎にいる限り、何となくそれで良いかもしれないけれど、それではグローバルスタンダードにはならないからね。
なじめずに苦労している場面を良く見かた。けれど、これからももっと時間の流れをはやくしたいと思っている。何とかついてきてね。
TSWから離れた人たちもいる。残念だけど。最終的にはそれも各自の選択だと思う。もちろん、説得はするしみんなも努力した。とはいっても生半可なことやってないから適当にやり過ごすには大変辛いから無理強いは出来ないよな。
教室にいられなくなることも多かった。学校に来れないこともあったよね。人に言えない悩みで苦しんでいる人たちも少なからずいたね。そりゃ、バンドだもの、真剣にやってりゃいろいろ悩むよ。心の一番底のあたりで悩むから傷は深いしね。でも、それが生きる事への積み重ねだと思ってる。
ようやく練習開始したら、今度はすぐNGOに怒鳴られる。昨日できたのになぜ今日もやらないんだ!!ってね。
みんなは「昨日と同じ事やってるつもりです、何が悪い!」って心の中で思いながら嵐が過ぎ去るのを待ってたよな。
また、音出さないと「サボるな!」って怒られ、勇気持って音出すと「それ違う!!!!」って怒鳴られる。
そりゃ、何をしたらいいか解らなくなるだろうよ。
この状態を見てやり過ぎ!って思う人案外多いんだ。辞めるの多すぎってね。保健室入り浸ってカウンセリング受ける人ばっかりでどうなっとるんだ、ってね。また上に書いたような問題が起こると「自分の関係するところでこういう問題が起こると困るんだ」と非難されること多いんだ。悔しいけれど世間はそう思うんだよ。
「すいません!」って思うと同時に、もう少し大らかでいてくださったら、と思う事多かったな。もう少しだけ自分の都合じゃなく本人の身になって信じて待ってくださったら、と思うこと多かったな。
これも地域性なんだろうか。これを崩すのは極めて困難だろうなぁ。
みんなはその中でもがき苦しんできた。にもかかわらず、そこから逃げなかった。素晴らしい。
そしたら、その集大成の定期演奏会ではみんなが至福の幸せを感じている。
何故だろう?
それはね、音楽の力なんだ。まやかしではないものを目指して心の底から信じたら、絶対に裏切らない音楽の力なんだ。
それを知って欲しかったから、飛ばしたし、無理をした。激怒したし、激励した。
それくらいやらないとそこまで行かないんだって事。それくらいやって始めて自分の中に大切な何か残るんだって事。知ること出来たよね。信じてたら言葉では言い表せない素晴らしいものを感じたよね。
そう言ったことを感じ理解し自分のものに出来た1年だったかな、と思う。
苦しかったけれど、得たものは大きかった。私もTSW諸君も。
さて。
2008年度。
あと数日で始まる。
今までの2年間を元に無い知恵を絞っていろいろ試してみた。様々な準備をしてきた。
次の3年目。3年計画の第3章。
周りもいろいろ状況が変化している。良い風が吹きそうな気配もある。
2007年と同様に無理をし飛ばすかも知れない。私自身も無理をするだろう。とはいっても以前よりももう少し楽にもっと先に進める予感がある。なぜなら今までの経験があるから。
もちろん当然私はそこにいる。TEAM NGOスタッフも揃ってそこにいる。(OB、OGもここにいる)
TSW諸君も揃っている。
これ以上の布陣はない。
誰がなんと言おうとTSWは劇的に動き出す。
感動的な活動を展開する。
東三河の片隅にある一私学の田舎吹奏楽部が、日本を代表するバンド、すなわちグローバルスタンダードなバンドへ豹変する。
心から、よろしく。
抱きしめて、頼むぞ。
私の宝物達よ。
私を信じて。
あなた達を信じる事の出来る幸せ。
伝統ある上手いとされるバンドに有って、発展途上のまだまだのバンドに無いもの。
それは「自信」。
特に舞台上で感じるふてぶてしいまでの、また図々しいまでの自信や余裕。
実際に楽器が達者かどうかではなく、達者だと思い込んでいるかどうか、が鍵のようだ。
もちろんこれには危険が伴う。ただのうぬぼれではとんでもないことになりかねない。
これだけのことをやりきった、という充実感から?
誰よりも上達したと言う自負?
あるいは、伝統、およびその伝統の中にいる安心感?
どこからその自信は沸いてくるのか?
自信もしくは余裕は人を一回りも二回りも大きくさせる。
残念ながらTSWにはまだこれがない。
今自分たちがやっていること一つ一つについてまだ迷いがある、ということだろう。
たとえば練習で、ロングトーンや音階で、あるいはどんなときも、これで良いのかどうか実感がもてないまま物事が進んでいる場合が多いようだ。
より良い状態が出来てたにもかかわらずそのイメージが掴めないでいたり、直したことがすぐ元に戻ってしまったり、で堂々巡りをする。
その一つ一つは、実は色々な指示が出され、出来たかどうかチェックされ、ダメが出され、再度試みてOKが出され…、のようにきちんと検証されているにもかかわらず、何故か実感が持てない=自信がもてないのである。
自信を持ってもらおうと随分努力した。励ました。
そうすると出来るんだよ、一度は。
でも、すぐ形状記憶合金のように元に戻ってしまう。出来ていないのに嘘ついて「素晴らしい」といっても意味がないのでダメを出す。するとまたすぐ自信を無くす。「やっぱり私はダメだ…」
どうしてか未だにわからない。
褒めて理解させようとすると一見良いように見えるのだが、どんどんお気楽モードになって全てがテキトーになりすぐ忘れる。
逆に叱って緊張感の中で習得させようとするとその時の反応は悪くないのだが、ただ萎縮するだけになる。
定着しないのだ。
どうやって一度できたことを定着させ大いなる自信につなげるか。
このところずっとの課題である。
TSW諸君、どうしたらよい?
これが解決したらTSWは飛躍的な進化を遂げるはずなのだ。その準備はずっと積み上げてきているのだ。
早くそこに到達したいな。
がんばる→褒めてもらえる→もっとがんばる→もっと褒めてもらえる
褒める→がんばってみようと思う→もっと褒める→さらにがんばる
がんばらない(がんばれない)→褒めるところがない→やる気が出ない→怒られる
褒めることがない→がんばれない→怒られる→やりたくなくなる
がんばるためには、なにかご褒美(褒められること)が欲しい。
褒めるためには、少しでも褒めることが出来るきっかけ(がんばること)が要る。
まずは「がんばって欲しい」と思う。そしたら心の底から褒めてあげられるのに。
ますは「認めて褒めて欲しい」と思う。そしたらもっとがんばれるのに。
どっち?
TSWの場合、今までさんざん色々なことをやってきたし言ってきたので、出来れば、まず始めに「がんばって欲しい」のだけれど。そして、OKなレベルまで上がってきて欲しいのだけれど。
それって難しいのかなぁ?
守備範囲外で起こる諸問題についてはとてもおおらか。(言い方変えれば、無関心。)
しかしひとたびその問題が自分の守備範囲に近づいてくると、いかに侵入を防ぐかに苦心し騒ぎだす。
さらに、守備範囲に問題が入り込んでしまうと問題の本質的解決ではなく、自分への被害を如何に少なくするかに奔走する。
そんなように見受けられる。
結局は責任転嫁だよ。
「自分は悪くないもん!」「自分のことはちゃんとやったもん!」「悪いのは○○だもんね!」
って言ってるように聞こえる。
それが保身に走る姿として見えてしまって、つまるところ「嘘」にしか見えなくなっちゃうんだ。
内と外の区別が私の想像以上に強いのかも知れない。
閉鎖的っていうんだろうけれど。
その場合、もちろん私の位置づけは外だろう。
打ち崩すことは出来るのだろうか。
そんな力があるのだろうか。
ん? そんなことで迷ってる場合じゃない。
信じるんだよな、無条件に。
この春休みで新年度体制作り。
まずは聞き取り。そして組織の構築。
大切なのは向くべき方向とそれに対する執着。
コアを作るためにこの数日特別メニューを組む。養成講座。しっかりな。
実際には試行錯誤だろうと思う。
今までの方法論ではなく、TSWに合うものを探さなければならない。
既成概念にとらわれず。
皆は何を欲しているのか?
皆は何を忌み嫌うのか?
皆は何を信じたいのか?
そして、私の指向性は?
私自身はそれなりに、賭けたなりに。
(負けなかった…、と思う…。)
TSWへの時間は増やせそうだ。
そうそう、3年計画の3年目。結果の必要な年。
大変だろうけれど、それだけ幸せな年にしたい。みんなと一緒に。
決して奇跡ではない。
素晴らしい本番になった。
みんな想いがぎっしり詰まった忘れられない本番になった。
この瞬間が永遠に続けばいいと思う本番になった。
一曲目から胸が詰まった。
アンコール最後では涙でみんなの顔が見えなかった。
ここに至るまで本当に色々あったからな。
「前日からやれよ!!」
「これだけのことが出来るんだったらもっと出来るだろ?」
いままで「信じる」ことがわからなかった者達よ。
自分を信じる。
仲間を信じる。
今この瞬間を信じる。
この本番で実感できたよな。
「信じるってどういう事か全然わからなかったけど、信じても裏切られることしかなかったから信じることが怖くていやだったけど、でも本番中、みんなの出す音信じて自分の音を出しているのに気がついた。」
そう。それだよ。
それを実感できたのならこの本番は大成功。聴いてくださった皆様にも必ずそれは伝わった。
今これを書いているこのときですら、私は涙がこぼれてくる。
どうだ!
信じることの凄さ。
確実に証明したぞ。
ざまーみろ!