8月
12
見えてきたこと

前回(自転車と一輪車)からの続き

見えてきたことは、実は新しい事ではない。
今までも見え隠れしながら私の周りにまとわりついていて何かある度に少しずつ顕在化してきた事々なのだが、うすらぼんやりとしか見えていなかった一つ一つの事々は、だから確固たる自信がなかったり、自信はあるけれどその実行に弱気だったりして、どうにも情けない状況だったのだ。(それでたくさんの失望や迷惑をおかけしてきた。本当に申し訳ないです。)

それが今、その一つ一つはやはりどれも大切で、それらを有機的に結びつけていずれ一つの大きな動きにする、という道筋がはっきり見えてきたのだ。そう、いきなり。

今はまだ、その目指すべき一つの大きな動きを説明するのは難しい。
しかし、その全体の大きな動きに中にある一つ一つの要素を着実に進めていくことこそが、それを説明する一番最良の道なのだということは判った。

今現在、実際に動き出している事は二つほど。
始めかけていることが一つ。(これはずっと以前より考えているけれどなかなか進んで行かなくて、そろそろ加速せねばと思っていた。)
これをきっかけに相談開始していることが一つ。
今までもやっていたけれど、もっとたくさんやらねば、と思っている自分自身のこと二つ。
今までもやっていたけれど、もっとたくさんやりたい(でも、こればかりは私ひとりでは出来ない…、どうか依頼してください!)こと一つ。
まだ何もやれていない、けれど、とても大切で必ずそこに行きつかなければならないこと、三つ?いや四つか?

全てが私のイメージの中で明確にリンクしている。
まだまだ見えていないこともきっとあるだろうから、するべき事は数多い。
 

これを書いている最中に、かつての生徒が音楽で活躍しているという便りが届く。(facebookの情報です)
彼女は、「自転車」に乗って縦横無尽に音楽という世界を駆け回っているのだ。
 
たどり着くための大きな力を頂く幸せ。
皆さん、どうか今一度力をお貸しくださいませ。
少しずつかも知れないけれど、私は本気で動き出します。

8月
11
自転車と一輪車

自転車や一輪車は、だいたい小学生かそれより少し前くらいに乗れるようになるのだと思う。
いずれも同じように人が乗ってバランスを取りつつ前に進んだりする。
でもこの二つ、タイヤ数の違いだけでなく、性格が根本的に違う。

一輪車は乗れることがステータスだ。さらに難易度の高い技を競ったりして「乗る」こと自体が楽しさである。もっと高度に「乗る」「操る」ことを目指しつつ。
一方、自転車は乗れることのみが目的ではない。今まで行けなかった遠くにまで足を伸ばせるようになることや、移動時間の短縮にもなるし、より多くの(重い)荷物を運んだりもできる。そういった乗れることによって生まれる恩恵のほうに重要な意味がある。他のアクティビティの範囲を広げるためにこそ自転車はあるのだ。

最近は自転車に「乗る」ことが大きな目的だろうと思われる上から下までビシッとバイクファッションで固めた大勢の方々が、車道をかっ飛ばしていらっしゃるけれど。
移動や輸送の手段で動いている大多数の自動車と道上でなかなか折り合いが付かないのはその目的が違うからかも、と思ったりする。

確かに、乗る自転車は錆付いたママチャリより最新のマウンテンバイクやロードバイクの方がかっこいい。(とはいえ、体にあったサイズや調整をしていないと少々苦しいのも事実だが。)
しかし「乗れる」からこそ「行動が広がる」のが自転車であって、乗っている自転車がかっこいいかどうかはまた別の話なのだと思う。
 
 

そんなことを、今年の吹奏楽コンクールの様々な演奏を聴きながら考えた。
どこのバンドも楽器は達者に吹けるようになった。個々の楽器の集合体である「バンド」という大きな楽器も本当に達者になった。
吹奏楽コンクールは、まさにその達者さを競っているのだと改めて感じた。それはとても難易度の高い一輪車的アクロバティックな競技なんだな。

で?

中学高校で管楽器や打楽器に興じているこんなにたくさんの人達はこの先いったいどこへ行くのだ。小学生の頃一輪車に興じた多くの子供達が、大人になったら一輪車のことなんか全く忘れてしまうように、みんな吹奏楽から、楽器から離れていってしまう。

一輪車のように、楽器が達者に吹けるようなることやバンドとして精度を高くすることだけではなく、自転車のように、出来るようになったその先にあるもっとたくさんのもっと大きな様々な楽しみを伝えてくるような、そんな演奏を目指して欲しいと心底思った。(もちろん自転車に乗れなければ決して出来ないのだから、自転車をうまく乗りこなす技は必要である。)

一輪車的な吹奏楽は話題性もあり世間に振り向いてもらえる可能性は高いが、それが続けば飽きてくる。本人も飽きる。私はとうの昔に飽きている。
きちんとその先の数ある楽しみを伝え、だからこそ吹奏楽(音楽)を続けたいと思わせる楽器技術やバンド演奏にならなければならないと強く思う。さらに言えば、それが自転車ではなく自動車になっていく可能性をも見せるべきだと思うのだ。

そこを押さえた指導がいかに大切かということと、それをこのコンクール現状の中では実践するのは難しいのだろうということ。
個々のバンドレベルでの問題ではなく、もっと大きな視点で捉え大きな動きにしていかないと、吹奏楽という音楽文化はいずれ衰退していくのだろうとさえ思った。

それは今年度のとある課題曲の扱い一つとっても感じる。「音楽の表現」という領域に入ってい(け)ない場合が多いのが露呈した感じ。演奏する側(※実際に演奏した団体についてのことではない。演奏した団体はその曲を「選んだ」時点で既に「表現」を意識している…)も評価する側も。この数年何となく感じていたがそれがこの曲によりはっきりした。
特に、評価する側についてそう思っていたら、最近になって「この曲は吹奏楽コンクールの審査員を試そうとしたんだ」と作曲者本人が言ったとか言わなかったとかの話を小耳に挟んだ。いずれコンクールが全部終わったら今度は「吹奏楽連盟を試したんだ」と言いそうだね。(私は最初からそう思っているけど。)

そして、衰退をしはじめたら止めるのは難しいかも、と思う。
 

一方で、たくさんのレッスンの様子から、個人レベルでは皆それ相当の力を持っているように感じている。しかし、本人達はどうやらそれを知らないみたい。力の発揮の仕方を知らない、「発揮させる」という発想を持たない、というか。でも本当に一生懸命一輪車の練習はしてるんだよ。
(あ、鉄棒の逆上がりに置き換えても同じ事。その先に何か良いことあるの?が判らないまま、本当にまじめに練習してる。あたかも「それが出来ること」が最大の目標のように。「それが出来たら良い成績をもらえる」ことが最終目標のように。)
 
 

その中で私は何が出来る?
何をするべきだ?

この数年(数十年かも知れない…)の混沌の中から見せるべき形が浮かんできたように思う。今までぼんやり見え隠れしながら感じていたことが、今年はとてもはっきり見えだした。

(続く)

6月
29
集まり

かつて私が勤務していたスクールバンド指導チームメンバーの集まりがあった。
(それは不定期で年に数度開催される。)

あれから年月を重ね、それぞれみなさん自分の道の歩みを重ねている。

世間で言ういわゆる「勝ち組」の道ではないかもしれない。
道は定規で引いたような直線ではない。
平坦ではないし舗装もされていない。
そもそも道無き道かもしれない。
(失礼な言い方だな、ゴメン。)

しかし、皆、確実に自分の道を歩いている。
なんだか、良いなぁ、としみじみ思う。

そこで出会ったかつての生徒達も同じように自分の道を歩いているのだろう。
時折、風の便りでそれぞれの道を進んでいる事を聞き及ぶことがある。
順調そうな、まだまだ途上のような、苦労して満身創痍のような、打ちひしがれているような、さまざまな様子が耳や目に届くたびに、または音信が全く途切れてしまった人を何かのはずみで思い出したときに、「いや、奴らはきっと大丈夫。必ず自分で歩いていくだろう。」と思う自分がいて、それも、なんだか良いなぁ、と(勝手ながら)しみじみ思う。

たわいもない話、音楽の深い話、子育ての話、教え伝える難しさの話、ちびっ子達の自己主張、などなどがそこここで繰り広げられ、止めどなく続く会話が楽しくうれしい。
時折挟まれるかつての私の悪行の話は耳が痛いが、それもまた楽しい。

会話の背景にあるだろうはずの諸々も感じつつで時間が経つのはとても早かったが、密かに自分の土台を再確認をしていた。
何かある度に苦しくなってふらふらと逃避したくなるが、諦めては駄目だ、と思いとどまる力は増えたように思う。
みんな、ありがとう。

音楽をしたい。

音楽をする。

6月
28
貯水池

我が家の道路を挟んだ南に貯水池がある。
数年前、区画整理が始まってまずはじめに三面護岸の小さな川が地下に埋められ、その遊水池として出来た池。大雨が降るとかなり水位が上がるが普段はさほど深くないと思う。

その池に、今年になってから食用蛙が住み着いている。
例の、牛のような鳴き声が時々聞こえていたが、最近それが複数になったようだ。
以前、田んぼだったその辺りでは食用蛙はまったくいなかったと思う。

また、数日前から別の鳴き声が聞こえてくる。
蛙ではなく鳥。カイツブリの鳴き声だ。
姿はまだ見ていないが風通し良く開けた窓から特徴あるカイツブリの鳴き声が盛んに聞こえてくるようになった。
水のあるところにいる鳥だから、きっとその新しい貯水池をすみかにするために、どこからか飛来したのだと思う。
もしかして子育て中なのだろうか。
食性は主に動物食で、魚類、昆虫、甲殻類、貝類などを食べる。 by Wikipedia
ならば、餌となる者たちも増えてきているのだろう。
(この池、ビオトープになり得るか?)
 

そういえば、今年はヒバリのさえずりがごく近くで聞こえる。

田んぼが大規模につぶされ、区画整理され、道路が新しく整備され、そのうち大きな建物が建つ。
しかし、その新しい環境に、新しい生物がちゃんと生きていることが、新鮮な驚きだ。

6月
17
同じ穴の狢

とある映画をティーンな皆と見ていた。
そこそこの暴力描写や性描写もあるが、その映画を理解するためにはやはりある程度必要だと思うので、特に解説しないでいた。

ある時、そのことにごく一部が異常に反応した。それらのシーンになるとあからさまにいやな顔をし、目をふさいだり耳を覆ったりしている。
この人達にはまだ刺激が強すぎたのかなぁ、と少々反省しつつも、中断することなく観続けた。

終了後、ものすごい勢いで私に攻め寄ってきた。
「あんなのを見せるのは非常識だ!」と正義感の塊のようだった。

「そうか、不快にさせて申し訳なかった。他の人はふつうに見てるし、ストーリーの展開上カットするわけにもかなかったのでね。ところで、もし良かったらいやな理由を聞かせてくれる?」
とお詫びしながらも少し訪ねてみた。
「あんなの見るとむかっ腹が立つ!あんな暴力をするやつ見たら本気で殺したくなる!」
声を荒げ大きな身振りで一気にまくし立てられたのだが、私は「ん?」と返す言葉に少し詰まった。
まじめに正義を突き通そうとしているが、実は自己矛盾を起こしていてしかも自分では気がついていない、と感じたから。

「不愉快だったのは謝る。けれど本気で殺したくなっちゃったら駄目でしょ。あなたがむかっ腹を立てた奴らとあなた自身が同じになってしまうよ。」
と言ったら、なんだか複雑そうな顔して立ち去っていった。

昔々のこと。
批判をしている人が、その本人も同じ穴の狢じゃんか、しかも気がついていないから余計滑稽だ、と感じるときに思い出す話。
最近よくある。

5月
18
再発見

この数ヶ月で手に入れた吉本隆明の本。
すべて例の古本屋チェーン巡りで手に入れた。

ほんとうの考え・うその考え  賢治・ヴェイユ・ヨブをめぐって  春秋社
フランシス子へ   講談社
吉本隆明「食」を語る  聞き手 宇田川悟  朝日新聞社
共同幻想論  角川ソフィア文庫
真贋  講談社文庫
日本近代文学の名作  新潮文庫
夜と女と毛沢東  光文社文庫
僕ならこう考える 心を癒す5つのヒント  青春文庫
13歳は二度あるか 「現代を生きる自分」を考える  大和書房
カール・マルクス  光文社文庫
詩の力  新潮文庫
悪人正機  聞き手 糸井重里  新潮文庫
音楽機械論 吉本隆明+坂本龍一  ちくま学芸文庫
「すべてを引き受ける」という思想 吉本隆明 茂木健一郎  光文社
ひきこもれ  ひとりの時間をもつということ  だいわ文庫
思想とは何か 吉本隆明 笠原芳光  春秋社
吉本隆明の声と言葉。  HOBONICHI BOOKS
(吉本隆明が語る戦後55年 1 60年安保闘争と『試行』創刊前後 三交社)

それ以外にも 吉本隆明の183講演 – ほぼ日刊イトイ新聞で手に入る講演集が全てipodに収まっている。

だいぶ集めたな。
まだ読んでいないのもあるけれど、大まかな感じは掴めてきた。
晩年のは、だいたい対談を書き起こして本にしてる。
それぞれの本で様々なテーマが繰り出されているが、そのどれもが結局はいくつかの大切なテーマに収斂していく。
しかし、その大切なテーマ達を初めて世に出していった頃の、一番読みたい本がまだ見つからない。

密林でポチれば次の日にでもすぐ来るのだろうが、ここは別の理由もあって古本屋巡りにこだわっている。古本屋巡りは実は楽しいのだ。様々な物や事を発見できるからね。

きっと「表現」ということについて(いや、もしかしたら吉本のすべて)の根っこがその本にあるのだろう。
手に入れた本を読んでいくと、必ずそこに行き着かなくてはならない、と強く思うのだ。
凄まじいパワーを感じる講演記録 芸術言語論――沈黙から芸術まで を聞くとその思いはさらに強まる。
「言語にとって美とは何か」だ。 (「心的現象論序説」も同じかもしれない。)

吉本隆明に出会うことになった最初は「努力する人間になってはいけない(芦田宏直 ロゼッタスト−ン)」という本なのだが、この期に及んでようやくその後段にある〈追悼・吉本隆明〉をきちんと読めた気がする。

「自作品のオリジナリティっていったい何なんだ?」とか、「音聞くとお前の作品て判るのはなぜ?」とか、「個性とは意図するべき物なのか?」とか、等々夜を徹して語り明かす事が常だった学生の頃から未だに決着がついていない「表現」や「表現行為」の意味が、もしかしたら少し明るみに出るかもしれない、と大いに期待する。

そんなこともあってか、最近、純粋に自分がやりたい(やりたかった)音楽を(再)発見してるような感覚がある。
世間の評価とか経済的価値とかからは全く無縁な感覚。不思議だ。

最後に。
本日読んだ「ほんとうの考え・うその考え」の一部分から引用

 ヴェイユが工場体験で得たことで、何が一番重要だったかというと、
 〜中略〜
 もう一つは、手紙の中で「人間は疲れっぱなしで、追いつめられて、ぎゅうぎゅうに抑圧されると、かならず反抗心をもつものだと思ってきたが、そうじゃないんだということがはじめてわかった。つまりかんがえもしなかった一種の奴隷の従順さというものがじぶんのなかに芽生えてくるのがわかった」と言っているところです。これはとても重要な体験だとおもいます。これも手紙で「レーニンとかトロツキーとかは偉そうにしているが、あの人たちは工場の中に入ってみたこともじぶんで働いたこともないのだ。ああいう人たちが労働者の解放といっても、不吉なばか話にすぎない」と書いています。
 ようするに人間の心のメカニズムの複雑さを実感したことになります。人間はぎゅうぎゅうに追いつめられたら、かならず反発すると思っていたがそうじゃなかった。反発するにきまっていると思っているやつはぎゅうぎゅうに追いつめられた体験がない人たちで、実際はぎゅうぎゅうに追いつめられても反抗心をもつどころか、素直にそれをこなしている。そしてこの人たちがなぜおとなしくしているのか、なぜ反抗しないのか、その理由がすこしわかったという意味のことを言っています。これはとても重要な体験だったと思います。

5月
09
空中戦

ツバメが騒ぐ。
いつも機嫌良く賑やかにさえずっているツバメが、金切り声をあげて高速で旋回している。何羽も。
何事だろうとしばらく様子をうかがっていると、原因が見えてきた。
カラスに巣を狙われているようだ。
カラスは周りで騒いでいるツバメを尻目に動じず巣の近くまで飛び込んでいくが、結局獲物は得られずに飛び去っていくようなことを、何度も何度も繰り返している。
そのたびにツバメたちは大騒動だ。

別の日、別のところ。
車から降りたとたん、ケリがけたたましく叫んでいる。こいつは元々うるさいやつだから、「あ、ケリだ」程度でやり過ごそうとしたのだが、いきなり私にめがけて急降下してきた。と思った。
なんか気に触ることしちゃったのかな、と思って周りを見渡したがよくわからない。
何度目かの急降下を目撃しながら、対象が私ではないことに気がついた。
対象はカラスだ。
ケリは止まっているカラスに向かって執拗に急降下を繰り返しているが、接触するまでには近づけず1m位のところで離脱する。
カラスは動じない。反撃すらしない。

ついつい「ケリ、がんばれ!」
と思ったが、次の瞬間「いや待てよ」と思い直した。

ツバメやケリは、卵や雛をカラスに捕られまいとして防御してる。
人は勝手なもので、いじめられている様に見えるツバメやケリの味方をしてしまう。
場合によっては彼らに代わってカラスを追い払うこともやってしまいそうだ。
人間のゴミを漁って散らかすイメージがあって、憎っくきカラス、と短絡するんだろうな。

でも「それって間違っていないか?」となぜか突然思い至ったのだ。
カラスだって子育て中かもしれないし、自分が腹ぺこかもしれない。獲物を得られなければきっと生きていけないだろう。カラスにとっては当然の行動に違いない。
はたして、カラスは悪いことしてるのか? 悪い事してると人が勝手に判断して良いのか?
 

生きている子犬を釣り針につけて海に投げ入れ、鮫を釣っている写真を見て愕然となったことがある。
見た瞬間、頭にカッと血が上るのが判ったが、その時もやはり次の瞬間、別のことに思い至ったのだ。
「おまえは釣りをするとき、生きたゴカイやらエビやら使うだろう?鰺の生き餌だってふつうに使う。それは良いのか?許されるのか?」
しばらくの間とても複雑な気持ちになり、ようやく(無理矢理)自分の中で落ち着かせた思いは「自分が生きるためにほかの命を頂かなければいけないのだから、だからこそ命を粗末にしてはいけない。」という、ごく当たり前の事だった。
生き延びるための殺生と、人の快楽のために命を粗末にすることの違いはきちんとわきまえないと駄目だぞ。人間は思い上がっちゃいけないな、と。ほかの生き物に助けてもらっているのだ、ということを決して忘れちゃいけないな、と。

ナウシカ(コミック版)に、森の人が虫の卵を食べるシーンで、それを見たナウシカが「そんなことして虫は怒らないのか?」と聞き、「奪うのではないんだ。お願いして少しだけ分けてもらうんだ。」と返す場面がある。
 

ツバメとケリとカラスを見ながらそんなことをつらつらと考えた。
みんな生きることに一生懸命なんだよ。
でも奴らは決して必要以上のことはしないんだよ、きっと。
ツバメもケリもカラスも、みんながんばれ。

4月
30
身長

昨日の新聞で見つけたことば。

身長が伸びなくなってようやく大人になるわけです  (原研哉)

ものごとの本質をぴたり一言、それも抽象的な概念ではなくて、具体的な記述で引き出すことばがある。これがまさにそうで、成長をめざすのはまだ青いとき、成長のあとにやってくるのは実りのとき、いいかえれば成熟と洗練のときだという。この国の現在を考えるとき、心に銘じておきたいことばである。昨年10月21日、本紙の取材に答えたデザイナーならではのことば。

朝日新聞 折々のことば:29 鷲田清一 より

ほぉ、なるほど、と思いつつ、自分の身長のことを考えた。
子供の頃から身長を測ることは幾度となくやっている。今も健康診断などで身長を測る。
しかし「これで身長の伸びは止まった」とはっきり感じたことはない。むしろ「この前より数mm伸びたかも?」の〈感覚〉が常にあるような気がする。もしかして、本当にまだ身長の伸びは止まっていない!?

私は「まだ青いとき」なんだな、きっと。
(あ、やっと24歳になったばかりだし…。)
ということは、「成長のあとにやってくるのは実りのとき」はいったいいつ来るのだろうか?
「成熟と洗練のとき」は、はたして私に来るのだろうか?

4月
14
3月末に

熊野に行った。何度目だろうか。

初めて熊野に行きだした頃に比べると高速道路が延びてずいぶんアクセスし易くなった。
今は、尾鷲まで一気に南下できて、さらにトンネルばかりではあるが途切れながらも熊野まで行き着いてしまう。しかも一部は無料区間。
(もっとも、高速道路を通るということは、それまで通っていた国道を通らない、ということになってなじみの景色とか寄り道場所とかを忘れてしまいそうなのが少し残念な気もする。)

行きには、お彼岸を少し過ぎたが墓参りもかねて。
それ以外はこの時期の柑橘類や、こちらならではの海産物などを入手することなど。
お詣りは、いつものように三山詣でるのはやめにして今回は本宮のみとした。

新宮の街は桜満開だった。しかし、寒い。それまでぽかぽかな陽気で一気に春満開だったのにな。花冷えというヤツか。

いったん那智の道の駅に寄り、温泉につかり、新宮から熊野川沿いに本宮まで上がっていく。

いつものように石段を登る。
手水で手を清める。
詣る。
しばしその凛とした空気の中に身を置く。
空を仰ぎ深呼吸などする。
石段をゆっくりと下る。

しかし、今回は特別に何かを想ったり感じたりすること無しに、いわば単なる物見遊山な観光のように終始した。
なぜだ?
今まで、なにかしらそこに行くことによって思わぬ反省をしたり希望を持ったりしたのだ。少しだけ良いことが起こったりしたが、ぶちのめされたような気持になったこともある。確かに呼ばれたような気がするときも有ったのだ。
だから何度も何度も足を運んでいたのだ。
それが、なぜだ?とほんの少しだけ引っかかりながら新宮に戻る。

その後それ以外の目的もこなしつつ、ゆったりと過ごす。
勝浦の港でヒトハメの収穫をしている人達を見かけた。そしたらその直後、あんろくめ寿司を食することが出来た。美味い。絶品。
恒例の焼きまんじゅうも並んで手に入れる。
焦燥感も切迫感も、もしくは安心感も持つこと無しに帰路につく。
 

そしていつの間にか4月になって既に2週間近く。
「あ、そういうことだったのか?」と少しずつじわじわと思い至ることがある。

「何も言うことはない。頼るな。おまえはおまえの思うとおりにやれ。もう、やれるだろ?」

そう思う事が出来るまで回復したのだな。
そういえば頭の中ではやりたいことだらけになっているじゃないか。
その後次々と自分の中に新鮮な風が吹いてきているじゃないか。

2015年度。
以前なんとなく「24歳になってもよいかも。」と書いたが、どうやら確実に一つ年齢を重ねたと感じる。
思えばずいぶん久しぶりに年を取ったわけだ。