1月
18
アンテナ

最近、アンテナを張ろう、とひんぱんに言う。
自分の回りには宝物がたくさん落ちているんだよ。見過ごしたらもったいない。目をこらして探すんだ。ってな言い方をすることもある。

自分の身の回りに起こる様々なことに対して敏感になるといいな。
感受性を豊かにできるといいな。
感情が溢れるようになるといいな。

しっかり見て、しっかり聞いて、出来るだけたくさんのことを取りこぼさずに受け入れられる余裕。
意味を考える前に心で感じよう。感じられるように心を解放しよう。研ぎ澄まそう。

1月
14
人数

明日から3年生は卒業試験。
この時期になっても定期演奏会のために一緒に活動してくれているが、さすがにテスト前はそう甘えてもいられない。
で、午後の合奏は1、2年だけ。しかも風邪やら何やらで数人抜けている。
12人。うーん、少ない。いくら何でも少ないよな。

なかなか人数が増えない要因は様々有るかと。自分のとこだけの問題ではないだろう。しかも、どれも解決は容易ではないと思われる。
難しいこと言わず、テキトーにやっていればそこそこ人数は揃うかも知れないけれど、それではどうやっても望む程度にはならない。レベルを高めようと思うとデキトーではできないから大変だ。

 とはいってもそんなに大変なことやっているつもりはないんだけどねぇ。

ますます、地道に積み上げるのは流行らなくなっているんだろうよ。

1月
14
お詣り

午前中、合奏を止めてお詣りに行くことにした。
いざ、我が豊川稲荷へ。
toyokawainariさすがにまだまだ多くの人出。
駐車場への道は渋滞。
駐車場もいっぱいいっぱい。
人はたくさん。
屋台もたくさん。
 
みんな揃ってお詣り。何をお願いしたのかな?
長い時間かけて拝んでいた人もいた。
その後少し時間を取ってのんびりした。

みんな案外知らないみたいだけれど、
豊川稲荷は「豊川閣妙厳寺」という曹洞宗のお寺です。
もちろん狐もいるけどね。
詳しくはこのあたりをどうぞ。

天気は快晴。
風は冷たく強かったけど気晴らしになったかな。

練習は相変わらず一つ一つの精度が上がらない。
全く出来ないわけではない。やれば出来るのになぜかその域まで達しない。
練習がただ作業をしているだけな感じ。
合奏をするとその指摘だけで終わってしまう。
もったいない。本当にもったいない。何がもったいないかって、時間も能力も知力も体力も何もかも。
こんな事続けていたら誰だって嫌気がさしてくると思う。
なんとしてでも回避したい。
もっと別な練習展開を祈りたい。

1月
12
忘れないように

かつて開催した演奏会のパンフレットに拙文があったのを思い出した。
気になったので引っ張り出して読み返した。
自分自身が忘れないようにするために改めてここに書いてみる。

嗚呼! 我が師はもうこの世にはいない。

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兼田敏・保科洋という二人

 大学受験の作曲レッスンのために保科先生のお世話になっていた頃、時々お宅で見かける一人の人物がいた。
 私の持って行った和声課題や習作を保科先生に添削していただいている時、楽譜を読む間沈黙が支配する。次に来るであろう質問とそれに対する言葉をあれこれじっと考えながら座っていると、隣の部屋から
「おーい、ほしなぁ!これどーなっとるんだ!」「なんだこのコンピュータ、役にたたんじゃないか。(MZ80の時代。なつかしい)。」
とぶつぶつ声が聞こえてくる。保科先生はそれに適当に返事をしたり全く相手にしなかったりしながらレッスンは進んでいくのだが、その雰囲気からこの二人はかなり親密な仲なんだろうということは良く分かった。
 「あの人はいったい誰なんだろうな?」と何となく考えることが何度か続いた後、ハッっと気が付いた。気が付いて自分で大いに緊張した。「あの人はカネビンだ。そうだ、そうに違いない。」
 中学の時から吹奏楽を始め、それをきっかけに音楽の道を進もうと決心した多感な高校生だった私にとって、吹奏楽界の神様のような「保科洋と兼田敏の二人と同じ屋根の下にいる。」という事実がにわかには信じがたく、しかし紛れもないその事実で無意味に緊張したのだった。
 大学に入学した後保科先生は兵庫教育大学に移られ、その後がまとなった兼田先生の元で作曲の勉強を続けることになった。以来ずっとこのお二人の先生のお近くに居させていただいているが、吉本漫才のような二人のやりとり、次々と出来上がってくるそれぞれの素晴らしい作品の数々、アマチュア吹奏楽へのアプローチのしかた、その内容、等々そのどれからも並々ならぬ吹奏楽への愛情を感じることが出来る。
 少子化だけでない様々な理由で最近の学校クラブ活動は難しい。しかし遙か以前から(私が吹奏楽を知るずーっと前から!)その危機を感じ、その為に出来得るほとんどの事をやってきたお二人の功績を考えたとき、我々現場がその功績をきちんと受け止めて継承し発展させていかなければならない、と感じる。
 どうにもならない不真面目な学生だった私が今日このような演奏会を開くことが出来るのもお二人の師匠のおかげだと感謝し、目の前にいる高校生に、教えていただいた事を少しでも多く伝えていくことが兼田先生、保科先生に対する恩返しなのかも知れないな、と最近ぼんやりと考えている。

1998.7.28 東邦高等学校吹奏楽部 第40回定期演奏会 愛知県芸術劇場コンサートホール
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いつまで経っても、どうやっても、越えられないです。近づくことさえ無理と思われます。
そして益々私の中で重たくなっています。この言葉。
「音楽はな、人だぞ、人。 教育もな、人だぞ、人。  …技術じゃないんだ。」
最後のメッセージと共に重くのしかかります。

1月
12
ほぼ復活か?

昨日から出勤。
休み中にいろいろな方々のフォローがあったようです。ありがたいことです。
皆様ご迷惑おかけいたしました。ありがとうございました。

さて、混乱を極めたTSW。
うなりながら布団にくるまって「でもなぜこんなに混乱するんだ??」とずっと不思議だった。
昨日、顔を見ながら長い時間話をして「こういうことなのかな?」と思い当たることがいくつかあった。

とにかく、目の前の課題を丁寧に一つずつ潰していくことだ。焦ることなくサボることなく手を抜くことなく。
一度に全部は誰だって無理だ。出来ることを少しずつで良いから確実に。

肝に銘じよう。

1月
06
さて

あすから2008−TSWが始動します。

この冬期休業で鋭気は養えたでしょうか。
いろいろ行事は目白押しです。
今年度最大の行事、第3回定期演奏会も控えています。

さあ、いよいよ始まりです!!

1月
04
踏ん張る

ストレスと開放。
緊張と緩和。
急と緩。
ドミナントとトニック。
「出来るだけストレスを受けないようにする」ではなく、「どうやってストレスを超える開放へ導く」かが大切なのだと思う。
トニック(主和音)だけの音楽はつまらないからね。

 吹奏楽の世界(いや、吹奏楽に限ったことではないかな…)でよく使われる「サウンド」という言葉。その考え方。確かに大切だけど、そこには時間的経過の概念が無いように思うことが多い。
 「良いサウンドだね」という褒め言葉は私にとって「音は良いのに音楽になってないよ」という厳しい批判に聞こえることがある。音楽は時間の流れが無ければ成り立たない。という事はひとつの「サウンド」が次の「サウンド」に推移していくことに大切なカギがあるのじゃないか、その瞬間瞬間が良い「サウンド」をしていてもその連続性が無意味なものだったら「音楽表現」としては成り立たないのじゃないか、と思うからだ。
 開放の喜びはその前にストレスを感じているからこその喜びなのではないか。音楽の和声の考え方でトニックの前には必ずドミナントがあるように。

 さて、私たちの毎日はいつも平穏ではない。危機はいつでも訪れる。誰にでも訪れる。来ないで欲しいと思っても無駄だ。油断するとなおさらダメだ。予想通りだったり、不意打ちを食わされたり。
 

(日誌より)
〜前略
今日レッスン受けていろいろ思った。メンバーの中くらい、いろんな姿見せてイイって。先生も言ってたけど、かっこつけなくていい。一緒に曲を作ろうとしている、アンサンブルしようとしてるメンバーならケンカたくさんして言い合いもたくさんして…。遠慮なんかいらないと思った。
今までの練習じゃ進まないよね。変わンなきゃ本当いけないよ。甘いんだね。1人1人が…。1人1人が変わんなきゃこのまま成長はしないね…。頑張ろ。
 とりあえず1つ1つを丁寧にだ。本当基本がダメダメ。もォ〜自分が情けない。悔しい。落ち込む…。けど落ち込んでてもしょうがないカラ今出来ることを確実にやるしかないね。
後略〜

 次から次へと危機はやってくる。でも立ち向かうのは、他の誰でもない自分自身だよ。

(日誌より)
最近、波乱の毎日ですね。そのせいか、涙腺が弱くなっています。内心、すごく焦ってる。バスの中も、旅館にいるときも、あわせなくて大丈夫なのか??今自分がやるべき仕事はないのか??頭の中で色々な事がぐるぐる回って一人でじたばたしてるような感じでした。あまり落ち着けなかった。色々なトコで時間を無駄にしている所を見つけ、そのたんびにやるべき事を見付けられない自分がはがゆくて、イライラしました。あ”ー、もう!!
後略〜

 次から次へと。本当に嫌になっちゃうね。でもねそこでへこたれちゃいかん。ゆっくりでいいから、少しずつでいいから何かをしないと。

(日誌より)
~前略
反省することがいっぱいある。
言われてからじゃないと動けないのを、自分で考えて、自分から動かんといかん。
自分の中で思うことがあっても、自信が無くて、間違ってたらどうしよう、ていう自分がいる。だめだなぁ…。
これを直さんと前に進めんのに。
自分に自信を持って…頑張ろう!

 そうやって、踏ん張ってなんとか持ちこたえるとピークを超えたところで喜びが来る。渦中では絶対判らないような大きな開放が来る。それが自信につながる。次への活力になる。

 決して諦めない事。
 次の手を考えること。
 捨てないこと。
 失敗を恐れずに何でもやってみること。
 なりふりかまわず。

1月
04
迷うことと確信すること

 白状すると、決して、毎日の指導を綿密な計画の下に、しかも自信満々にやっているわけではない。ほとんどの場合が思ったようには行かず、進むべき方向やその方法など修正、修正の繰り返しである。その瞬間の判断で持っていく方向がまったく変わってしまう事だって良くある。
 その一方で、その瞬間に自分が感じたり考えたりしたことを率直に受け止め行動しよう、と心がけているのも確か。それが良いのか悪いのかそれすら解らないけれど、いくら突拍子も無いことであってもその時自分が感じたり考えたりしたことは自分自身にとって事実に変わりないので、ありのままに振舞うのがいちばん嘘が無いはず、と、とても身勝手に思っている。
 もちろん、もっと長期なスパンで、私と関わった(わっている)人たちが将来こうなって欲しいな、という強い希望は持っている。
 とはいっても、これもあくまでも私の「希望」なので、私の身勝手をみんなに押し付けることになるかもしれない、のは承知の上。
 だから、いつも迷うし悩む。教え育て指導することと、自分の価値観を強要することの一線を見失いそうになるから。
 
 その迷いを振り切り自分を前に進めてくれるのは他でもない、目の前にいる生徒たち。
 私の発言に一喜一憂し、一生懸命応えてくれようとしている。
 

(日誌より)
〜前略
ぶっちゃけた話、うちはこんな人生送るつもりなかったです。
〜中略〜
部活だって吹奏楽には入ろうと思っていたけど、そんなに真剣じゃなくて、それより、高校生だから、いろいろな憧れがあって。でも豊川高校に入ってみたら部活は大変だし勉強もやれッて言うし、
〜中略〜
色々なものに挟まれて挟まれて、うわぁーッてなった時もあった。うちはもっと楽に生きるつもりだった。なんとなく楽しく生きるつもりだったんです。でも、ここに来て本当の楽しさいっぱい知れました。本当の辛さもいっぱい知れたし、大変さも耐えることも、沢山人生の勉強をして、毎日楽しいです。毎日幸せです。でも、多分もっと違うかもしれん。まだ本当は知れてなくて、もっともっと楽しいことも辛いことも、違う楽しさも辛さも、まだまだもっと知りたいと思う。部活でもだけど、それだけじゃなくて、もっと色んなこと経験して色んな所で、知っていけたら良いな。自分の世界を広げたい。最近は苦しいことが楽しいです。苦しいけれどもう嫌だッ!てなるけれど本当は嫌じゃないです。適当に生きなくて良かったって思う。こんなに夢中になれることがあって、こんなに目標に向かって頑張っていける場所があってこんなに良い仲間と友達と先生方に囲まれて世界一ではないけど、今までの〜〜〜〜一幸せです。でも、この先もっと幸せなことが訪れるといいな。
後略〜

まだまだもっともっと頑張らなければ、と思う瞬間。
迷っている暇なんか無いよ、応えなければ、と反省する瞬間。
私がやっていることでも、何かしら意味がありそうだ、やらなきゃダメなんだ、と確信する瞬間。

日誌があってよかったな。
なかなか面と向かってしゃべるの難しいもんな。
書いてくれてありがとう。
私が何か豊かに感じる瞬間をありがとう。
 

日誌とは各学年に1冊ずつ回っていて、日替わり当番が思ったことを書いて毎日顧問に提出することになっている冊子。書いてあることがどこまで本音か判らない時もあるけれど、大概飾らずに本音を書いてくれていると思っている。根拠は無い。私の直感。

1月
01
自と他

人は皆、自分と同じではない。
よく考えてみれば判っていることなのに、なぜかそのことをすぐ忘れる。
違って当然。そこが出発点だと思う。

(日誌より)
みんなで話したことがちがったってことかな??それとも期待してた答えがかえってこなかったってことかな??バラバラってことはあると思う。十人十色みたいにみんな同じこと考えていないし。

ミーティングをやった後、自分の望むような話し合いにならなかった不満に対して応えている。
さらに、別の人がそれに応えて、

(日誌より)
話し合いなんてバラバラであたり前だと思うのだけど。
先ず、話し合いってのは「結束力の確認」ではなくて、「結束力が足りないと感じたからこそ、ぶつかってでも結束していくもの」では?答えなんて期待通りに返ってこないもの。だからこそ話し合いするんじゃない?

と。

そうそう、どんどんぶつかってください。
逃げずにぶつかってください。
疲れてへろへろになるまでぶつかってください。

1月
01
謹賀新年

あけましておめでとうございます。
旧年中は何かとお世話になりました。

本年もよろしくお願いいたします。
2008年。 3年計画3年目。 飛躍の年です。 全開です!
 

TOYOKAWA SYMPHONIC WINDS
by NGO

謹賀新年