10月
22
ルーチン

ルーチン (routine)とは、決まり切った手続きや仕事の事。日課。
 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

どちらかというと私も苦手。飽きっぽいんだな。

でも、一つ一つ確実にこなしていくことはとても大切だと思う。
怠けないように気をつけていこうと心がけている。

また、ただこなすことだけが大切ではなく、こんなページも見つけた。
確かにね。書かれていることはその通りだと思う。

で、毎日の課題。
出来ない人、多いよな。
簡単なことを少しずつでも積み上げていくことで自信をもってもらいたいと思っているのだが…。
ま、水場に連れて行くことは出来ても、水を飲むか飲まないかは本人次第だからなぁ。

さて、どうするか…。

10月
20
ロミオとジュリエット

レオナルド・ディカプリオのロミオとジュリエットを見ている。
日本語吹き替えで見てるし、原作もきちんと読んだこと無いから確信はないが、全編シェイクスピアの原作どおりの(あるいは原作に近い?)台詞なのではないか?

何度か繰り返して見ているうちに、言葉の持つ計り知れない力を再認識し、改めて言葉について考えている。
映画の中で後から後からこれでもかこれでもか、と実にたくさんの言葉が紡ぎ出されてくる。しかも役に関係なく誰の言葉も美しい。シェイクスピアなのだから当たり前か。
実生活で話すには少し現実離れしているかもしれないがとにかく美しいと思う。一つ一つ暗唱して、もし日常で使える場面があったら使ってみたい衝動に駆られる。

言葉の豊かさ、大切だ。

決して流行言葉の是非ではない。語彙の豊富さのことを豊かさ、と言っているつもり。

みんなは、今まで感じたことの無いような気持ちになったとき、今まで見たことの無いような景色を見て感動したとき、うれしいことも楽しいことも悲しいことも悩めることも、自分気持ちに変化が起きたときにそれをあらわし人に伝える言葉が見つからないことが多すぎないか?
「なんだか良く説明できなくて判らないんですが…」
「こころには何かあるんですが言葉に出来ません…」
「もやもやしてイライラします…」
そのものずばり当てはまる言葉はなかなか見つからない。

そりゃそうだ。それが出来たらみんなコピーライターになれるゾ。

それでも、少しでも近い表現になるように言葉を考え、紡ぎ、話してみる。上手く伝わらなかったりニュアンスが違うならまた工夫し違う言い回しを考える。
また、会話はリアルタイムだから、タイミングを逃すと話題から遅れてしまうこともあり、出来るだけちょうど良いタイミングで適切な言葉を選ぶ必要もある。

いまTSWでは、適切に動き適切に声を出すことが出来ない人が多いように感じる。
言葉が見つからないのか、見つけても言葉が適切かどうか判断できないのか、と言うようなことも原因かも?

ディカプリオのロミオとジュッリエットを、この台詞「次自分で使ってやろう」「この言い回し覚えたいな」と思い覚えながら見てみると良い。具体的な言葉や言い回しが自分の糧になっていく。

もちろんこの映画だけでなく身近にあるいろいろなことが全てお手本だ。言葉だけでなく、考え方や、行動や、もしかしたら生き方も。

そうやって自分の五感全て使って自分の中に宝物を取り込んでいく。
良い景色を見、良い香りをかぎ、素晴らしい音を聞き、旨いものを食い、手触りの良いものを触る。良い本を読み、良い絵や映画を見、世の中の音に耳を澄ます。
たまには嫌なものにも触れ(好んで触れることもないだろうが)、「良いもの」にあらためて感謝する。

そうやって言葉の型や動きの型をどんどん自分の引き出しに取り込み整理していく、そして活用する、でいきたい。
シェイクスピアの台詞がおもしろ半分でも良いから日常の友達同士の会話に出てくるようになると少し楽しい気がする。

10月
19
ほーほう

音楽祭だった。

「ほーほう」とは「宝豊」(宝飯豊川)か。

この本番に来るまでも苦しかったな。
こんなに苦しい思いをするなら、1人1人レッスンして有無を言わさずこちらの言うとおりに演奏させる方がよっぽど楽だと思う。
いつか「よく我慢できますねぇ」と感心されたこともある。
そう言えば「じっと待つ忍耐力はどうやっても真似できません」と言われたこともあるのを思い出した。

自分にとっては当たり前のつもり。自分の力で這い上がってこなければ感動も薄いでしょ。お手軽に手伝ってもらって何となく上手く行っても大切なことは解らないよ。

本番はどうだったか?全体としては?自分のパートとしては?自分としては?それぞれの立場でそれぞれのレベルで感じることや考えるべき事は違うだろう。色んな立場から様々な思いをぶつけ合って欲しい。

周りから聞こえてくる声は、さほど悪い物ではなかった。
「少しずつ上手くなってるじゃん」
「仕事や動きも素早くなってるし」
「案外今日の演奏は良かったんじゃ?」
などなど。

だが。
やはり動けないことが多い。行動を起こす前にすくんでしまう感じ。思考が止まっているんだろうか?
後から聞くと頭の中ではそこそこ問題を感じてはいるみたい。だったら条件反射的にピキピキ体を動かせばいいだけだと思うのだが。

そこが全ての課題解決の根源だ。
どうやって乗り越えていこうか。

10月
17
土俵

少し前に、ここ「音楽祭」という記事で、
「土俵に上がらなければ相撲は取れない。早く上がってこい。」
と書いた。  
 
もしかしたら、何とかして土俵に上がっても上がったとたんこてんぱんにやっつけられてしまいそうなイメージを持ってしまったか?
もしそうだとしたら、土俵に上がることはとっても恐ろしい事に感じてしまうだろうよ。誰だって打ちのめされる為だけにそんな所に上りたくない。
そう思えば、気持ちが沈み、足がすくむ。全ての物が自分を攻撃してくるように感じ、ただ逃げたくなる。

私が言っているのは全く反対なんだがな。
土俵の上は別世界。上がればそこに別天地があるんだ。想像力が豊かであれば、その土俵がどれだけすばらしい場所か判ってもらえるのだが。

そこを目指せないのだとしたら、理由は大きく二つだと思う。
一つめは、見たことも無いその場所を「素晴らしい場所」だと信じられないこと。
二つはめ、「素晴らしい場所である事は判っているけれどそこに行くまでが大変」だから、おっくうで出来ない、面倒くさい、やる気が起こらない、と思ってしまう事。

どうだろう?心当たりある?

土俵に上ると言うことは、対等にゲームが出来ると言うことだ。
もちろん、気を抜いたら即負けるだろうよ。そりゃ、いい加減なことをしていたら叩きのめされるだろうよ。しかし「土俵に上がれた」のなら、その段階でいい加減なことはしないと思うんだ。いい加減ではないから土俵に上がれると思うんだ。
であるならば、逆にあなたたちが勝ち誇る可能性だって充分ある。プレイヤーとして、音楽の上で対等になれるんだから。

だからこそこちらもいつでも真剣勝負。
あなたたちがどんなに頑張ったとしても、まだまだ負けてなんかいられないからね。

あなたたちと叡智を尽くして全力で音楽したい。
もう一度書く。

「土俵に上がらなければ相撲は取れない。早く上がってこい。」

10月
14
全開

全開とは。

さらに厳しくすることではない。
しかし、優しく手をさしのべることでもない。

さらに練習時間を長くすることではない。
しかし、断じて目標レベルを下げることではない。

出来る事の喜びをかみしめる事だ。
しかし、中途半端な楽しみは無意味などころかむしろ害にすらなる。
 

そろそろ全開にしよう。

10月
14
日誌より

(日誌より)

体調不良やケガとかで来れないならしょうがないと思うけど、気持ち的なやつで来ないのは何かもったいない気がする。

立ち止まってたら、前を走ってる奴にどんどん離されるし、裏から来る奴に追い付かれるか抜かれる。
でも、離されたり、追い抜かれたなら、そいつらよりも速く走れば追い付けると思う。
壁にぶつかったなら、そこで止まらずに少し下がって助走を付ければ飛び越えれるか体当たりで壊せると思う。
壊せないと思って走るのを止めたら前には進めない。で、周りに置いてかれる。
助走を付けずに壁に体当たりを続けていたら壊れるかもしれないけれど、自分の体も壊れるかもしれない。

俺だったら自分の体を壊さずに壁を越えたいな。
もひとつ。

(日誌より)

今、○○はがけから落ちそうなところにいる。必死に、○○を助けようと、上から手をのばしている人がいる。でも、○○は手をのばしてその手をつかむ(にぎる)事をしない。
今、鼻水が出てきて手をつかむ事が出来ない。でも鼻水をかもうともしない。それじゃあ、がけからズルズル落ちてって死ぬだけだ。手をのばしている人も疲れてきて手をのばしているのをやめてしまう。○○を引っ張っていくのをやめちゃうよ。何かに悩んでいるならそんな物捨てて手をつかめよ。
死にたくないならその助けに答えろよ。
素直になろうよ。
言い訳なんて言うのやめようよ。

それぞれの心の中で少しずつ何かが変化しつつあるのかもしれない。自分自身でも気がつかないほど小さな変化。
時間をかけてその一つ一つを積み上げていくしかない。
がけから落ちそうになっても少しずつよじ登っていけばいい。

でも、サポートの手をつかむ事に躊躇してしまうのはなんでだろう?
端から見てると「何で?」って不思議だよなぁ。
積み上げている間に、めげたり、折れたり、自分で道を断ち切るような事はしないで欲しいと思う。せっかく、少しずつでも積み上げてきたのに、もったいない。

10月
11

を見た。

何故かたくさんの男子高校生(20人ぐらい)に囲まれていた。
「何だ?」って聞くと
「吹奏楽部に入部したい。入部させてくれ。」と口々に言っている。
(おぉ、これだけ入部したら既に決まっている人と合わせて新入部員40人越えるなぁ)
と思ったところで記憶はとぎれている。

正夢であって欲しいぞ。

10月
09
一連の

学校イベントが終了した。
学園祭(文化祭)と延び延びになった体育祭。

学園祭のオープニングはかろうじて参加できたが、その後の学園祭野外ステージには私無しで企画した。私無しの本番はTSWでははじめてだったか。出来がどうだったかはまだ聞いていない。関係者だけでなく聞いた人からの感想もまだ耳に届いていない。
また、体育祭は開会式等のパレードやファンファーレ、アトラクションのドリル演奏などてんこ盛りだ。体育の先生方からたくさんのお礼のお言葉をいただいた。まだあんな程度のことしか出来ない。申し訳ないな、と思いつつ、それでも少しずつこの学校の中で認知されてきているのかな、と感じたりもした。

しかし曲数多く、ステージからドリルまで複数の演奏形態の準備で慣れない者にとっては大変だろうと思う。さらに何から手を付けて良いか判らないくらい他にもやらなければいけないことがたくさんある。
でも「やることだらけで大変だ」ではなく「忙しいということは幸せだ」と思うことだ。仕事の出来ない人のところには仕事はこない。頼れると思ってくれるからこそ仕事が舞い込んでくる。その一つ一つに一生懸命応える事が大切だ。

とはいっても例によって、様々なトラブルやハプニングがあった。
それはある意味、防ごうとしてもどうしようもない場合もある。無しにしたいがつきものでもある。
問題はその後だ。
そのアクシデントをきっかけに何かを学べばそのトラブルでさえ生きてくる。「トラブルがなかったら知ることが出来なかった。不運ではあったがそれによって成長した!」と思えるのだったらそれでよい。

どうだろう?
反省ごっこだけして、結局変わってない!ってことになっていないか?

心の底から反省したかどうかなんて誰にも解りはしない。人の心は覗けないからね。でも、ごっこだろうと何だろうと次の行動に何か変化が起きていれば当面はそれでも良いのかもしれない。

なにか変わったか?

10月
05
音楽祭

10月5日。ハッピネス・ヒル音楽祭という本番があった。

前任校を辞めて吹奏楽の世界から足を洗ったつもりだったのに、もう一度この世界に入るきっかけを作ってくれたJr.ユース・ウインドオーケストラの本番。
今回は練習になかなか参加できず本番前に2回、ゲストとのリハーサル1回、そして本番、という中高生のバンドとしてはなかなか難しいスケジュールだった。
しかし、スペシャルゲスト/平原まこと(サクソフォン)さんとのリハーサルが始まってから、とても有意義で幸せな時間が続いた。なによりメンバーに対する温かい御指導が嬉しかった。
「楽器持ったら俺と君たちはプレーヤーとして対等なんだよ」
この言葉は「中高生レベルに降りてきていただいている」ことと同時に「このレベルまで上がってこい」と言う激励の言葉でもある。それに対してみんな良く応えたと思う。良い演奏が出来た、と思っている。本番中涙出そうになった。

「プレーヤーとして対等」なんと心地の良い言葉だろう。どんな場合でも是非そうありたいと思う。
だからこそTSWにも様々な要求をする。
応えて欲しいと心から思う。
土俵に上がらなければ相撲は取れない。早く上がってこい。

10月
04
文化発表会

私の高校生時代は、前にも書いたが中途半端だった。
「祭」と名のつくイベントは御法度だった。だから体育大会。文化発表会。

今、我が勤務校では学園祭中。文化祭ではなく学園祭。名称にこだわるわけではないけれど色んな考え方があるんだ、と思う。

その文化発表会での出来事を思い出した。
「祭りではない」と厳しく言われるわけだから、お楽しみイベントは皆無に等しい。模擬店などあるはずもなく。野外ステージなどあるはずもなく。
だから皆行くところが無く体育館でやっているヘタクソ吹奏楽の演奏に群がってくる。
そして、なぜが生徒が大勢集まることを極度に嫌うので、たくさん集結してきた生徒を蹴散らそうと躍起になってくる。

校則に集会の禁止の条項がある学校。校外で3人以上集まるときは許可を戴く必要がある。ばれると始末書だ。

MAXの音量で校内放送が入り「クラスに戻れ」とガナリたてている。
我々吹奏楽部は当初のプログラムを淡々とこなしているだけなので、無視して最後まで演奏した。
それが1年の時だ。
2年の時は、その記憶があるのでクラスの友達と結託してあることを企てた。
もちろんロックバンドなども御法度なので、ベース弾きやギター弾き(もちろんエレクトリックだ)にけしかけ、吹奏楽の中で演奏してよ、と持ちかけたのである。
その時代はテクノポップ全盛。泣く子も黙るYMO(イエローマジックオーケストラ)の時代だ。参加してもらう曲は私のアレンジでYMOの「ライディーン」始め数曲。
ところが当日、どこから漏れたのか弾圧が始まった。緊急ミーティングを開き相談開始。我々吹奏楽は当初から覚悟は決まっている。「やるぞ!」の一言でみんなの目はぎらぎら。でも、ギター弾きやベース弾きは「俺たちは構わないけれどまじめにやっている吹奏楽部に迷惑がかかるから…」と弱気だ。

すったもんだして、結局ベースやギター無しで演奏はした。その助っ人たちに迷惑がかかったら逆に申し訳ないと判断したんだ。
それでも演奏場所の体育館は大変な人だかり。YMOをやったら盛り上がる盛り上がる。踊り出すのもいる。
指揮ふりながら、なんだか妙に気持ちがよかった。

そうそう、あれだけ事前に問題になったのに何故かおとがめはなかったんだ。
拍子抜けしつつ「だったらやっぱりベ−スとギター入れれば良かったね」と部内で大いに盛り上がった。
俺の青春の1ページだな。懐かしい!