なんだか関連していろいろ思い出して来ちゃったから、記憶のメモとして書いておこう。
生徒会の選挙があった。会長に立候補したのはよく知っている友達だった。決して悪い奴じゃないし心意気もあった。彼は学校を変えたいという純粋な思いも有ったようだし、近しい周りもそれは認めていたようだ。しかし、生徒全体から見たら、説得させられて渋々出てきた(言葉は悪いけれど)教員の犬に見えたのだろう。信任率がとんでもなく低い(具体的な数字は忘れたけれど2,3割だったような…)選挙結果で、成立せず再選挙になった。当然本人は相当へこんだだろうな、と思う。一方、一般生徒たちはなんだか自分の主張が通ったような感覚でその結果に満足していた。
しばらくして、やっぱりなんだかまずいぞ、という雰囲気が出てきた頃、急に招集がかかった。教員からではない。一つ上の学年の先輩からだ。
「日曜日の何時、集合せよ。もし学校を良くしたいという熱意の有る物がいたらかまわないから連れてこい。」私も友達に誘われた。
20人ぐらいいただろうか。先輩達も一人ではなく複数の人間がいた。我が吹奏楽の先輩もそこにいて「おまえも来たのか!」と嬉しそうな顔だった。集まったのは同じ学年の部活やクラスのリーダー達、そうそうたる顔ぶれだ。アパートの一室に案内された。(あの部屋は何だったんだろう?人が住んでいる気配はなかった。)
まず、「あの生徒会選挙は何だ!おまえらには学校を良くしようとする気持ちはないのか!みんなで結束して何とかしないととんでもないことになるぞ!」と先輩からお説教を食らった。その後具体的にいくつかのプランや指示があったような気がする。
背後で教員の指示があったのかどうか不明だ。しかしそんなことはどうでも良く、「学校を良くする」という大命題に対して、(先輩ではあるけれど)生徒が生徒に、個人ではなく組織として働きかけ、実際に個々の気持ちが動き、その先の行動となって行くことに少なからず感銘したんだ。
再選挙では、いろいろな仕込みが功を奏し別の勇士が圧倒的な信任率で無事選任された。その後校則はみんなの努力の甲斐あって一つずつ改正されていく。
部活の事、学校生活のこと、いろいろ物言いたくてずいぶん暴れたからなぁ、私は最後まで扱いにくい生徒だっただろうと思う。
ブラックリストの筆頭だったんじゃないか。
なのに、大学(一応それなりの学校だから進学実績には充分貢献できる…)受かった瞬間、英雄扱いになった。なんだそれ!?ってアホらしくなった。
私のガッコー嫌い、センセー嫌いはここが原点だろう。さらに、それを今自分がやっているかもしれない恐怖は常につきまとっている。
ま、独り言です。