12月
29
暮れる

1年が暮れていく。

今年も色んな事があったな。
面白い一年だった。
そして、どんな事も自分に帰ってくる。

ある人に「激しい生き方だなぁ」と言われた。
自分では全くそんなこと思っていなかったから、言われて意外だった。

だったら「穏やかな生き方」ってなんだ?

最近ますます肩や腕が痛い。痛さで夜中目が覚める。ちょっとした動作の中で激痛が走る。
いつかその痛みから逃れることが出来るのかどうか知らないけれど、少しずつ判ってきたことがある。
この痛みを抱えて日々過ごすしかないんだな、と。激痛が走る度に「痛い!痛い!」と叫んでも痛みが和らぐことはないのだから。
いつか痛みが無くなる事と、今痛みに耐える事は、全く別物なんだと考えることにした。
であるなら、今痛い事を不幸に思うのではなく当たり前に受け入れてしまって、痛みを含めた日常を工夫したほうがはるかに気分が良い。

私は私だ。
それ以上でも以下でもない。
未熟である事は確かだが、しかし激しいのか穏やかなのか大差はない。

来る年がどう展開するか、さまざまな関係の中で自分がどう考えどう感じるか楽しみだ。
その前にあと二日。もう少し自分の中で今年のまとめをしようと思う。

12月
15
行進曲

を書き終わった。最近にしては珍しく、随分無理をして夜なべを繰り返した。

そして、とにかく昨日楽譜を渡しに行ったが、ご本人には会えなくて受付に託した。
とりあえずのスコアとパート譜。練習に入らなきゃちゃんと演奏できないもんね。

すぐ連絡きた。
「8分の6じゃん。」
「そだよ」
「…う。…リズム、…がんばります。」
「演奏会、いつだっけか?」
「12月23日だよ」
「うわ。近いね。がんばってね。音域も高くないし、そんなに難しくないと思うよ。細かい直しをした楽譜すぐ作るからね。」

数年前も曲の依頼をいただいた。定期演奏会のアンコール用の曲。
「3年生が、ソロでリレーできる曲が欲しいんだ。最後のステージの最後の曲だから。」
「あ、お涙頂戴やるの?」
「うん。だめ?」
「いや、良いよ。」

行進曲を頼まれたとき、既にそのことはまったく忘れていた。言われて思い出した。「LastStage」ってタイトルのバラード。
「あの曲、まだやっているの?」
「…。もうそろそろお涙頂戴やめないと、と思っているんだけど、止めようとすると生徒が怒るんだ。」
「そっか。気に入ってくれてるんだ。良かった。」

実は演奏を一回も聴いたことが無い。
そうだ。マーチの初演を聴きに行こうかな。2009年12月23日愛知県勤労会館。アンコールまで居れば2曲とも聴ける。

12月
14
緊急な電話

日曜日のちょうど正午頃、ケータイが鳴った。
「ちょっとトラぶってます。楽譜が入れ替わっていて、バスーンの楽譜なのに中身がクラリネットです。至急正しいのを持ってきてくれませんか?」
「え、それは申し訳ないです。今どこですか?」
「栄の明治屋のむかえです。2時頃までリハしてます。そのあと本番です。」

…えっ!
えらいこっちゃ。
今リハ?
今日本番って?
時間無いじゃん!
あわてて楽譜をFINALEで立ち上げ、パート譜の確認。
あれ、ほんとだ。中身入れ替わっている。
原因解明は後回し。間に合わせなきゃ。

ということで楽譜を読み込み直し、印刷し、即、車で出かける。
高速道路を乗り継ぎ、栄に出る。12:40着。
しかし。まだ営業時間じゃないから店の入り口が開いていない。
電話したってリハ中だから出ないよなぁ。
どうやって入るんだ?

人に聞き、地下駐車場の入り口から下に降り、事務所に。
やれやれ、やっと行きついた。お店の関係者の方にことづけて楽譜を渡し、一件落着。
時計を見ると12:50。
ま、無事にリハできたかな。
帰り際、ゆっくり店の入り口見たら、それっぽいポスター貼ってあった。ここライブハウスなんだけどな。オケもやるんだ。

しかし。
今日が本番とは知らなかったぞ。
ここで本番とも聞いていなかった。
本番数時間前のリハで始めて楽譜の不備がわかったのか。それも凄いな。
(いやいや、ミスはこちらだ。なんとか危機回避はできたようで…。ご迷惑おかけしました。)

たまたま、家にカンヅメで、曲書きしてたから良かったものの、外に出てて、それこそバンドの練習なんかしてたらどうやって対処できたんだろう。冷や汗が出る。とにかく急ぎの仕事だということで、細かいこと何も聞かずに受けちゃったけど、これからは気を付けよう。

家に帰って原因究明した。
FINALE2009 の新機能、パート譜の管理の落とし穴。
特にあわてて何回かパート譜作成をやり直すと陥りやすいミスだと言うことが判明。
これも気を付けよう。

世の中スリリングだ。

12月
11
パート譜の向こう

言うまでもなく、パート譜とは楽譜だ。しかし、それぞれのパート譜だけではいきなり曲の全体像を掴むのは難しい。
パート譜に書いている全音符一つの裏側に何があるのか?楽譜には本当にただ一つの全音符しか書いていないのだから。

しかし、熟練たる演奏家達は、一度皆で合わせてみたら瞬時にその意味を見抜いていく。
さらに、音を出す瞬間で様々な音を聞き取り、互いに演奏者の様子をうかがいながら、すべての状況を判断し決断し音を出していかなければならない。作曲家の特徴、時代のスタイル、合わせているメンバーの性格によっても判断基準は変わる。
その結果見事に的確で必要不可欠な一つの全音符が実現する。

その裏付けには、それまでの途方もない努力とため込まれた情報量が必要だ。
 

昨日、頼まれて書いた楽譜の音出しに付き合った。久しぶりのプロフェッショナルな音出しの現場はとても有意義だった。
練習も面白かったが、速いピッチで進んでいく練習を眺めながら、「そうだよ、この状態は音楽家にとって当たり前なんだよ。」と思った。「これが出来なきゃ仕事にならない。」

この状態とは、自分の目の前にあるたった一つの全音符から、その音楽の全体像を正確にしかも瞬時に推測し他のメンバーに音として提示し、万が一違っていたら次には訂正が完了する。相手はそのミスをとても寛容に許容する。
その一連の作業はそれぞれが誰に頼ることなく、一言も発せず水面下で行われるから、音楽に詳しくない人が見たところで何が行われているか皆目検討がつかないだろう。
皆で声に出して確認することは本当に肝心なポイントだけ。
 

アンサンブルの意味を良く問う。
如何に、目の前のパート譜から全体を見極め、参加し、一体になるか。
しかし、いきなりその状態になれない。
必要なのは才能ではなく、目指したいと思うこころざしと、日ごろの努力だろうか。少なくとも試行錯誤は必須だろう。

12月
09
慌ただしく

なってきたな。

大概演奏会前ってのはあたふたする物だけれど、現場にいないですべてをオーガナイズするのは大変難しい。

現在はインターネットとかメールとか携帯電話とか便利なツールがたくさんあるから何とかなりそうなものだけれど、それでも苦労することが多い。
実際には、ネットやメールだけだと微妙なニュアンス伝わらなくて、どうしても会って話してみなければ判らないこと多い。作業するにはその場にいないと出来ないし。
今現在のネット社会の限界かな。全員でTV会議でもしたらまた違うんだろうか。

以前、大きなプロジェクトを、全国(北海道、東京、鎌倉、名古屋、岐阜、大阪、兵庫などなど)に散らばる実行委員で準備したことがある。すべては事務局長の私と、ごく数名のメンバーが現場で動き回り、あとはことごとくメール、FAXでのやりとり。ほんのたまに電話。それぞれが会うことはあっても、全員が一堂に会したのはその本番の日一日だけ。元々全く知らない人じゃなかったからかな。少なくとも委員メンバーと私はすべて以前から繋がっていた。
準備2ヶ月間で取り交わしたメールは1400通を越える。しかも1通を原稿用紙に書いたら何十枚という量だったろう。一日仕事から帰ってくると、その大量なメールを読んで文字に溺れないように流れに乗るまでが大変だ。何時間もかかる。
それでも、みんなの思いが強いので、なんとか粘り強く困難な仕事をやり遂げた。私自身は、下手舞台の袖で声を殺して沢山の涙を流した。遠方からの人が多く、終了後も打ち上げをする暇もなく普段の生活に戻っていった。
どこに出しても恥ずかしくない、それぞれが感銘深い我が師の音楽葬だった。
余談だが業者に一切頼まなかったからか、(葬儀屋)専門業界紙で話題になったらしい。取材依頼も来たっけな。

方法は色々あるが、実現するためには条件が整わなければならない。
しかし、出来る!と見込んだら後は最後まで走りきる。
もちろん簡単ではない。自分の見込みと勘と気力だ。
そうしたら終わった後、必ず、振り返って「凄いことをしたんだ」と判るときが来る。

私は今までそうやってきた。
そして今回も。

12月
06
少し前に書いた

8重奏のレッスンに行った。
ほぼ想定通りの音だった。ほっと胸をなで下ろす。
変則混成だから音量や音色のバランスは難しい。音楽は原曲ピアノでアゴーギクたくさんだから、どうしてもアンサンブルの難易度は上がる。

アンサンブルについて色々説明しながら、そのための練習方法とかも提示しながらレッスンした。

しかし、もしかしたら望まれているものと違ったかも知れない。もっと早わかり式に、悪いところを指摘し、手直しをし、演奏効果をあげて欲しいのかなぁ?
いつも悩むけれど、今回は初めてのアンサンブルレッスンだったし、とても伝えたいことだと思ったから、こだわってみた。

次はもう少しさらってあるだろうから、別の角度から進めてみよう。

12月
04
託す

出来ることはすべてしたと思う。
やり残したことがあるとしたら、皆への謝意の表明だ。どれだけしても足りない。
 

何が出てくるか皆目見当がつかないが、出てきたものに出来うる限り応えようと思う。

しかし、出来うる限り…。

どんどん条件は厳しくなっているということも、頭の片隅に置いておいて。
なんせ時間は無い。

裏を返せば、
出来ないことはどうやっても出来ない…。

両肩同時に襲っている壮絶なる50肩と、最近の穴掘り肉体労働で体はぼろぼろ。
無理は全く利かない。

肩代わりして荷物を担いてくれる人がいて、ようやく少し。
それでも今までのようにはいかない。

担いでくれる人がいなかったら…。

託すしかない。

12月
03
オルゴール

北極星を背に南を向く。
地平線上の真南から真上の空にずーっと線を引き、天頂を超え、北極星を目指す。そうやって出来た線は子午線という。

北極星を背に南を向く。
星は、向かって左側から右に向かって流れていく。当然一日かけて地球を一周する。(本当は反対方向へ地球が自転しているんだけどね。)
だから、流れていく星は一日に必ず一度、その子午線を越える。

それぞれの星が子午線を越えるときに、星の明るさや高度の違いによってそれぞれの音を出す。
オルゴールのように。
 
そんな仕組みを旧知の友が創り、その作品展示を山の中で手伝っていた。

あいちアートの森の一環。
東栄町会場は12月5日から翌年1月24日まで。
その作品は森林体験交流センター「スターフォーレスト御園」に今日なんとか設置完了。

期間中ずっと24時間音を出す予定だそうだ。

北極星に背を向けて南の空を仰ぐ。
一直線に存在しているはずの子午線をイメージする。
星空見ながら「もうすぐあの星が通過するぞ…」と密かに期待し、じっと神秘的な雰囲気に浸る。
山を渡る風の音。
遠鳴きする鹿の声。
大気が冷え込んでくる耳では聞こえない音。
それらと共に星の通過音が鳴る。

昼も良いが、是非、夜の帳が降りてから。
寒さ対策と行き帰りに気を付けて。
 

これを機会にスターウォッチも復活させるかな…。

12月
02
譜面書き

一つ完成。

途中までやってたら、「歌が入ります」だって。
そんなの聞いてないからメロディいっぱいわりふっちゃったよ。
しょうがないから書き直し。

歌聞こえなかったらどうしようか?
演奏でこなしてね。(ところで誰が演奏するんだ?Nフィルさんかなぁ?)

パート譜も既に編集したから後は印刷して製本して発送してすべて完了。
充分間に合うね。
 

しかし。
ついにマーチの催促が来た。うぉ。
アイディアはいくつかあるんだけどな。全然形にしてない。
明日は山奥だし、曲書きは出来ないぞ。困った。

12月
01
労働

山奥に行って穴掘りをした。
なんとか日没までには、と精を出したが、結局いくつかのトラブルで予定通り進まなかった。
ここへは再度作業をしにいくかも知れない。

50肩のリハビリとしては少々負担な仕事もあったが。
体を動かしていないことを実感。これじゃダメだな。

しかし、明日は一転、机仕事。一日で完成するかな。
めんどくさいが急ぎとの事。
珍しく早く寝よう。