ひとつの演奏会が終わり、その後FBの上で、こんなやり取りがあった。
内容は、ある打ち上げ時の様子と感想。
(ひとつ抜けていたのを補完 9/15)
七川(仮名)
仕事に行く前に今日の作業内容をまとめようと思っても、昨日のことばかり考えて手につかない。
昨日、シンバルの話をしていた時私の目の前にいたあの子達に、とてもとても大事なことを伝えるのを忘れてしまった。
それは第一組曲をやった今回だから伝えやすかったのに、それを、あの時に気づかなかったことが演奏会での色々よりダメージが大きい。NGO
なんだろ?気になる。七川
空気感と身体とシンバルが1つになってって話したじゃないですか。その空気感は会場の響きだったり私以外の音だったりするわけです。私の音が変化するのは、常にあなたの音が影響してるからだよってことです。高校時代に第一組曲の私のシンバルで自然に涙が出たとある先輩に言われたことがあるのですが、それは、私が上手かったからではないんだよって。もちろんそうゆうことに気が付いて、表現できる技術が必要かもしれないけど、みんながエネルギーを貯めて貯めて貯めて、それを開放するのが役割なので、その感動は私以外の音があってのことなんだよって。私は、一人じゃシンバルを叩けませんから。バスドラムがあってのシンバル、バンドあってのシンバルなので。第一組曲のあの部分だけではなく、「マーチの強弱」以外の全ての音は他の楽器の影響で音が変化してます。今回のゲネプロと本番で、私の叩きかたも音色も全くちがいました。それは、本番だからというより何かしらの変化があったからなんだと思うのです。それをあの時彼らから感じました。とても嬉しく、この先も変化を見てみたいと思いました。七川
↑笑っちゃうくらい長文でした(笑)しかも、結局は昨日の話やずっと合奏の時に先生が話していたことと同じなんですけどね。NGO
ありがとう!
ふふふ、何だか嬉しいな。七川
あんなに真剣に先生の話を聴いている彼らを見ながら懐かしい気持ちにもなり、「あ、大丈夫だ」と思いました。その『気付き』は彼らにとってとても大きなことでしょうし、私にとってもとてもとても大きなことでした。
確実に意義はあったのだ、と感じる。
やって良かった。
少なくとも、ここに至る事が出来たのだから。