FB上で、いつも気になっている方の連続投稿なのだが、私の環境ではどうしても記事が順序良く並ばないので、取り出して並べ直した。
[原文が出てきた。リンクしておきます。 訂正加筆されてますね。2014/10/12]
きちんと最初から読んでみて、なかなか興味深い。
基本とは何か、教育機関で教えるべき事とは何か、こういった視点はとても大切だと思う。
自分の身の回りに当てはめてみて、いちいちなるほどと頷く。
特に11段とか21段とか22段とか。
最終段の「半年か1,2年も経てば摩滅する」は、バンド(吹奏楽)経験者の燃え尽き症候群と似ている。
1. 少し時間が経ったが、この間、某調理専門学校の自己点検評価委員会に参加して、久しぶりに興奮する議論があった。
2. 実務の現場では、たとえば、卵一つにしても、学内実習のように新鮮な卵ばかりが使えるわけではない、様々な理由で鮮度の落ちた卵を使わざるを得ない場合もある。
3. そうすると、ある意味、理想的な環境で学んできた学生の料理の技術がたちまち頓挫する場面も多々出てくる。
4. いつも、?上級?の食材で学ぶのではなく、?中級??下級?の食材や環境で学ぶことが職業教育本来の実践的な教育ではないのか。
5. そうでないと、就職した途端、理想と現実とのギャップで、学生達はショックを受け、自分の学んだ技術を発揮する前に、リタイヤしてしまう。昨今の新卒学生離職者の多さも、そのあたりに原因があるのではないか。
6. (この段落は欠落?)
6. (後日発見)卵の鮮度を変えた実習授業、実務の現場の、食材を含めた環境を意識した実習こそが、専門学校の職業教育には必要なような気がする、という指摘だ。
7. これは、某調理専門学校の教員の意見ではなく、業界現場の外部委員の指摘だった。
8. これに対して、某調理専門学校の教員側の意見は、講義の中ではそういったことは教えているが、実習ではそういった実習をわざわざ行うということはできていない。今後考えてみたい、ということだった。
9. この間の、某調理専門学校の自己点検評価委員会の議論は、このやりとりをどう考えるのか、という私の提案から始まった。
10. 教員「そこに、問題はない」という製菓のカリキュラムリーダーから議論ははじまった。面白い。
11. 教員「学校で教えることは、『おいしい』という味が何かを教えることであって、まずいときにどうするかの前に、『おいしい』とは何か、ということを教えることが学校で学ぶもっとも重要なことだと思います」(続く)。
12. 教員(承前)「そのことなしに、鮮度や食材の質の問題をやっても、小技の話に留まります。そんな小技ほど実務の現場で学べばいいことです。小技しかない実務現場はいくらでもあるのですから」
13. 私「それは大切な指摘だね。なるほど美味しいという味の頂点を見定めることなしに、あらゆる食材の鮮度を見極めながら、その味を目指す調理をすることなどできないよね。味の頂点の高みの体験なしには鮮度の差など存在しないからね」
14. 校長「『頂点』というか、『味のストライクゾーン』ね」
15. 私「そうか。なるほど『頂点』というような言い方はたしかにおこがましい。『ストライクゾーン』を外さない経験を学生時代にさせる。それがあらゆる食材評価や食材調理の基本なっていくということですね」(続く)
16. 私(承前)「たしかに、調理の事業所(就職先)なんて、小規模なところも多いから、ストライクゾーンと言っても、ゆるめのストライクゾーンの事業所も多いし、経験主義的な外れもある。本来のストライクゾーンをきちんと学ぶには学校しかない」
17. 私「そもそも、離職者が多くなるのも、ストライクゾーンの経験がないからとも言えますね。それさえあれば、自分の務めた事業所がどんなところであっても、ぶれずに仕事に集中できる」
18. 私「ストライクゾーンの経験があるからこそ、目先の一喜一憂にとらわれずに、道を究めることに邁進できる」
19. 私「学校教育が『基本』教育だというのは、基礎教育や入門教育のことを言うのではなくて、実務の多様性に惑わされない基本を身につけさせると言うことね」
20. 私「その手前の実践教育とか即戦力教育というのは、逆に、実務の多様性に埋もれてしまい新卒離職者を増やしてしまっているということね」
21. 教員「そうだと思います。若い学生のうちに、下手な食材処理テクニックを身につけさせるのではなくて、味覚が麻痺してしまっている若者たちに、まずは味のストライクゾーンを体得させることです。そのための料理、製菓の教育を行うのが第一優先です」。
22. 教員「技術教育はストライクゾーンの体得なしには意味がありません。ストライクゾーンを目指すためにこそ技術は存在しているのですから」
23. 私「そこ(ストライクゾーン)が分かっていれば、鮮度評価やその処理はあとから付いてくる、と。一方、それをわかっていない人材は、いつも小技で終わる職人に留まる、と」
24. 教員「そうです」
25. 私「いや、勉強になります。だとすると世間の考える実践的教育とか即戦力人材育成というのと、今の議論とはかなり乖離があるよねぇ。この乖離をきちんと埋めていく努力なしには、実務家と学校現場が議論しても必ずすれ違いに終わる」
26.私「今の専門学校も大学も、口を開けば『コミュニケーション能力』なんて言うけど、そこには自立した職業人の像や基本は存在しないということね。そもそもコミュニケーションというのは多様性に対する反応能力のことだから、ここで言う〈基本〉の反対語なわけだ」
27.「即戦力論も実践的職業人育成も、実務現場で半年か1,2年も経てば摩滅するような?訓練?をやっているわけで、それこそが新卒離職者が増える元凶。多様性対応は、多様な教育を行うのではなくて、専門的な基本教育こそ重要ということですね。実務家も〈実践〉の意味を分かっていない、と」
つまり、?基本?教育こそ、教育の頂点でなければならないということだ。それこそがもっとも実践的な、息の長い人材作りの原点だと。それは、多様にまみれる実務の現場では不可能。学校教育以外には可能ではないが、学校現場と人事部は相変わらずコミュニケーション能力(笑)。アホだと思う。
しかし、何度も読み返していて少し気になりだしたことがある。
音楽教育における「ストライクゾーン」って何だろ?
自分なりに解っているつもりで読んでいても、もし、人によっては全く違うストライクゾーンをイメージしているのだとしたら、この文の意味合いは全く変わってしまいそうだ。