12月
17
師匠と弟子の

関係についての考察記事をFBから知った。
「Switch Sign」というサイトのこの記事

最近FBが情報源ということが多いな…。

<< だからこそ、師匠は教えない。弟子が苦難の中で悩み考えることこそ、学びを最も充実させるのを師匠は熟知しているのです。 >>

かゆいところに手が届く親切丁寧で居心地の良い学びとはまったく正反対な方向だから、どれくらい世間が評価するのか興味のあるところ。
私自身は、こんなのとかこんなのとかこんなのとか、でずっと考えていることなので、なかなか共感する考察なのだが、読みながら「ああ、そういうことかも…。」と考えが広がっていった。

本文中、<< 師匠と弟子のモデルは、弟子を得体の知れない不安定な状況下に踏み止まらせる場のデザイン >>という文言が出てくるが、これって「父性」と読み替えて良いのではないか、と。

12月
16
仕事をしながら

ふっと思い出した。(扱っていた曲のメロディーがそこへの連想に繋がったのかな、となんとなく思う。)

私が高校3年生のこの時期、つまり年末で、年が明けたら作曲科という一般世間からしたらあまりにも異質なところへの受験を控え、音楽への強い思いと大きな不安と訳の判らない焦り…などで、心がもみくちゃになっていた頃のこと。

パシフィック231という曲を知ってからオネゲルという作曲家が好きだった。だから、なけなしの小遣いをはたいてオネゲルのLPレコードを少しずつ集めていて、その中にあったクリスマスカンタータを毎日毎日何度も何度も繰り返し聴いていたのだった。

その事を思い出して、改めて聴き直してみようと思ったものの、もう既にLPレコードを聴く装置はないしLPそのものもどこに行ったか判らない。
CDを探そうか、どうしようか、少し考えてとりあえずYOUTUBEで検索。
「Une cantate de Noël for Baritone, Children and Mixed Choruses, Organ and Orchestra」
久しぶりに聴いた。もちろん当時聴き続けていた演奏ではないから多少の違和感を感じながらだが、曲の細部とともに当時の気持なども克明に思い出してきた。泣きそうになった。

今になって何故この曲を聴き続けていたのか判る気がする。
聴くのも辛くなるような重く苦しく始まる20数分に及ぶ曲。しかし最後の最後でお馴染みのクリスマスソングが渦を巻き次第に静かに安らいで眠るように終わっていく。

後にこの曲がオネゲルの絶筆作品だと言うことを知る。さらに彼は音楽の将来をずっと悲観していたのだということも。
その最後の最後があまりにも美しいと思うのだ。音楽を、人間を、心より賛美していると感じるのだ。

辛く苦しい現実でも、最後にはきっと希望を見たかったんだろう。至福の幸せを音楽に見いだしたかったのだろう。

聴き直して良かった。
自分自身の音楽の「始まり」を再確認できたように思う。

そして、今もオネゲルを好きなままだった。

12月
07
昨日見つけた

言葉。

『素晴らしい発明は日々のカイゼンからは生まれない。大胆な発想の転換からのみ生まれる。』

NHK 地球イチバン 「地球でイチバン未来が見える研究所」(MIT マサチューセッツ工科大学)

番組を見ていて、もう一つ感じたこと。
『捨て去る勇気』

何故だか良くわからないけれど、少し元気をもらった。

11月
30
FBで

知人がリンクをシェアしていた動画。
私はここに動画を張り付けようと思う。

あるピアノコンクールでの講評ということだが、大いに共感するお話。一つ一つ「そう!そう!」と頷く。
私が自分なりに言葉を探して様々な場で音楽好きの若い世代に伝えようとしてきた、まさにそのものだと感じる。
言葉の選択のしかたによってこれほど説得力を持つことに感嘆し、少しでもそれに近づけるようにしなければと思う事しきりである。

だが、しかし。
このお話しをする状況というか背景というか、つまり、きっとその場でその内容を話す必要性があったのであろう、ということについて少しとまどうのだ。

くどいが、もちろん内容についてではない。内容はすべて共感できる事であるのは前述の通り。
権威のある「音楽コンクール」という場において、音楽として当然前提になっているはずであろう内容を殊更強調する事にとまどうのだ。

先日ここでこんな記事を書いたが、その思いと実はまったく同種の感想だ。

この2つの事例は何に警鐘を鳴らそうとしているのだろうか。
本当は、自分なりに見えていることなのだが、なかなか他へ伝えることの出来る「言葉」としては浮かび上がってこない。
もう少し心の中で熟成させ当を得た言葉が見つかったらここに書きたいと思う。

11月
27
伝えたいと

望むことがなかなか伝わっていないと感じ、思いの外ダメージが大きく後に引くことがある。

(何気ない会話の中で、ではなく)伝えるべき事・伝えたい事をきちんと整理し準備したにもかかわらず「ダメだ、これじゃ伝わるわけがない」と感じるとき。明確な拒否反応もしくは理解不能だという反応があるわけではないのだが、自分で勝手にそう感じてしまうとき。

何故そう感じてしまうのか?は自分でもよく判らない…。
もしかしたら、自分自身大切にしたいと思っているはずの事が「それほどでもないか?」と半信半疑になっているのか。
確かに判りづらいことだろうから、きちんと伝えるための努力が足りない、という自己反省からなのか。
単に自分の考えを押しつけているのかも知れないという自己嫌悪からなのか。

それでも続ける事がなにより大切だと思うから、苦しくても諦めないけれど、もう少し要領の良いやり方や上手な伝え方を見いださないと苦しいだけになってしまいそう。

…あ、自分が、ではなく「相手が」苦しいという意味ね。それが続くと聞く耳すら持ってもらえなくなる。

11月
01
今朝の

朝日新聞(2012年11月1日)に第60回全日本吹奏楽コンクールの1ページ特集があった。前日に名古屋国際会議場で行われた中学の部に関わる特集だ。
(記事の内容からこの辺りの地方記事ではなく全国版だと思ったがどうだろうか。)

さて、その記事の中央の囲みに「総評」という見出しで各演奏に対して評論が載っていた。その最後の一文。

 とある審査員が以前、こうこぼしたことがある。「一番感動的な演奏をしたのに、技術が弱くて銅賞になった学校がある。音楽の審査って矛盾だらけだよね」。名旋律に心震わせたり、美しいハーモニーの一翼を担ったり。技術を克服する快感以上に、音楽ならではのそうした幸福こそを、子供たちの感性に刻みたい。勝つためではなく、育てるための大会であり続けるためにも。

なぜ、コンクールの総評(各学校の演奏評価を並べたあと)の最後に字数を割いてこんな一文を載せたのか気になった。

吹奏楽コンクールに関して単純ではない何かを感じたからこそ、全国版の記事であるにもかかわらず(であるからこそ!?)紙面を割いたのではないかと邪推してしまうぞ。
「金賞受賞」という非日常の感動は「到達の評価」としてとても重要だが、それと等価もしくはそれ以上に(特に若い世代の人達にとって)重要なのは、素晴らしい音楽とともにある「日常の創出」だと思っている私は、とても近い匂いをこの一文に感じたので少々面食らったというのが正直なところ。

本日は高校の部だったと思う。
どの団体も気の遠くなるような練習を重ねてここに至っているだろうから、素晴らしい演奏だったことは間違いないだろうが、さらには音楽ならではの幸福を感性に刻んだのだろうか。

10月
27
難しい!

葉っぱの間をちょこまか動き回っている雀より小さい小鳥を、200mmのマニュアルレンズで、しかもマニュアル露出で撮るのはとても難しかった!
ピントを合わせつつ設定をああだこうだと動かしているうちにどんどん移動していく。当たり前だけれど適切な露出もどんどん変わっていく。構図を考えることなんかとんでもない。
ボタンワンプッシュで絞り込み測光というのをやってくれる親切なカメラなんだけれど、それでもマッタク鳥の動きについて行けない。

この変化に対応出来るようになるには膨大な経験が必要だなぁ。
…ふぅ、遠い道のりだ。

あ、決して悲観しているのではない。決して諦めているのではない。
「千里の道も一歩から」で、はるか彼方を見て少しだけ気が遠くなっているだけ…。

もちろんフルオートでマシンガンのように連写して撮れば何とかなるのかも知れないけれど、それでは自分が「写真」もしくは「写真を撮る」ということを理解できないような気がするのでまだまだマニュアルにこだわる。
シジュウカラ1


シジュウカラ2


小鳥の名はシジュウカラ(だと思う…)。
沢山いて賑やかだったんだけどなぁ。

10月
25
忘れていたことを

少しずつ思い出しているような感覚が生まれてる。
ちょっとしたアイデアだったり突拍子もない目論見だったり。
今までだって決して見えていなかったワケではないと思うのだが、ここに来てくっきり明確に見え始め「今までのは案外ぼやけていたんだな」と気が付いた感じ。

その状態に戻って来つつあるんだろうから、きっと良いことなんだろうと思うが、実際に動き出すにはまだまだ躊躇がある。

…勇気がないのか億劫なのか。(年を取ったとは思いたくない。)

もうしばらくは力を貯める。

10月
18
バルク品

ある物探しにハードオフを回っていたら、それとは全然別に小さな鍵盤のMIDI-Keyboardを見つけた。
電源アダプター無し。マニュアル有りって表示だったのに随分待たされた挙げ句「無いようです。すいません。」な感じ。
ま、何とかなるだろうとさらに値下げさせて入手した。
以前よりFinaleの音入力に良さそうなものがあったらな、と思っていたのだけれど機会に恵まれずそのままだったのだ。

YAMAHAのCBX-K1。あとで調べてみたらこんなものでも新品定価は結構高かったんだ。

これで音符入力が楽になるぞ、と喜んだが、すぐに今のシステム(WinXPの低性能ビジネス用PC、何も拡張していない)にはMIDIインターフェースが無いことを思い出した。

このKeyboardはMIDIのInとOutが一つずつだけ。USB1本で繋げばいいわけではない。
帰宅してすぐUSBとMIDIの変換ケーブルを検索してみたが、メーカ品は結構高い。せっかく中古で買った本体以上の値段になる。
今回の場合(Finaleの音入力だけのためだから…)1chで繋がって簡単に(ノートナンバーの)入力さえ出来れば良いわけで。

さらに随分探すと、単に商品名「USB MIDIケーブル」として送料込み¥469の物を発見した。商品の価格だけでは¥190のところもあった。
どう見てもいかがわしい。メーカー名に「MADEINCHINA」と書いてある。(ほんとかいな!?これで会社の名前?)
情報では「動いた」という報告と「ダメだった」という報告が半々。ドライバは内臓してる模様。
ほんの少し迷って、amazonでポチした。動いたらもうけ物、程度に期待して。
本日プチプチ付き封筒のゆうメールにて到着。
現物はこれだ。
MIDI-IF

小さなビニール袋に名刺大の小さな紙切れの英語説明書とともに入っていた。
表の宛名書きをみるかぎり発信元は横浜のようだが、香港から直接送られてくる、という情報も見かけた。確かに封筒裏面には「香港郵便」と中国語で印刷されてる。

で、どうだったか。
USB接続したら即ドライバがインストールされ、FinaleのMIDIセッティングではちゃんとUSB MIDIという項目を選択できるようになった。
しかしステップ入力にして鍵盤弾いてもカーソルが動かない。音によって上下するのだとばかり思っていたから、一瞬「アレ!しまった!」って焦った。
でもな、音は出るぞ。PGchangeで音色も変えられる。
ということは…。テンキーで数字入れたらちゃんと弾いた音の音符になった。(このところずっと音符入力は矢印キーとテンキーだったから、MIDIキーボード使用時の挙動は忘れちゃっただけか…。)
やった!和音もOK!メデタシ!
ただし、外部の音源を鳴らすことは出来ていない。インジケーターは光ってるのにな。

当初の目的は達成できた。これで充分用は足りる。
さ、譜面書くぞ。