苦しかった。
どうしようかと思った。
逃げたかった。
今まで積み上げてきたものが目の前でがらがらと音を立てて崩れた。
跡形もなく。
明日は泣いても笑っても本番。
出来るなら笑いたい。
しかし。
なぜ、あんな基本的な簡単な約束が守れない?
浮かれてて全員が忘れてしまったのか?
不思議だ。本当に不思議だ。
(結局、まともに寝れず。本番は何とか寄り遂げる自信はあるけれど、そのあとは判らないよ。)
打開する為に手を打つ。決めてが無いまま、それでも何かしなければと知恵を絞る。
が、連絡がつかない。こちらからはいつでも話し中。メールは届いているのか不明。、やっと「こちらから連絡します」とメールが来てから、何十分も待たされ、まだ連絡つかない。いつの間にか日付が変わる。
だめだこりゃ。
今、自分が最優先でやるべきことは…?
第3回定期演奏会を成功させること。いや、大成功させること。
この先ずっとTSWの皆に音楽の幸せがあり続けるようにすること。
この先ずっと私がTSWと共に歩むこと。
パワーを少しわけてもらった。心からありがとう。必ず私の支えになる。
安心して。決して裏切らないから。なぜならあなた達の存在は私にとってかけがえのないものだから。
そして音楽の力は無限だ。君たちは進化し続けている。
あと4日。君たちはさらに進化し、必ずここで書いている「信じることの凄さを証明してみせよう。」を実践する。
決して奇跡ではない。
それが君たち本来の力だ。
そして私の誇りだ。
いったいどうなっているんだろ?
何年も前から会議検討を重ねてきて、最終的にあの結果はあまりにもお粗末じゃないのか?
責任の所在が明らかでなく、何か問題が起こるとあたかもその直接の担当者のミスのように扱われる風習。
今まで何の説明もされていないのに、いきなり「聞いていませんか?」「知らなかったですか?」と非難される。
主体者に決定権があるように見せかけて、実は(めんどくさいから?)全てあらかじめこちらにとって都合の良い予定がされている事だらけ。
主体たる顔が全く見えてこない。「何のために?」本質と感じるところが全く違うのだろうか。
この先どう育って欲しいのか、将来どうなって欲しいのか、先を見通した具体的な計画は私には見えてこない。ビジョンや夢すらも見えてこない。
見えるのはただ保身に走る醜い姿だけだ。
最大の被害者はだれだろう?
良くなるのはきわめて難しいのかも知れない。
#もちろん自分はどうだ?の自問を忘れてはいけない。
朝から晩まで練習。
気が遠くなるなぁ。
でも少しずつ変化は見られる。ごく僅かずつだけれどね。音楽上の変化も少しずつすこしずつ。
もちろん、さらえていない箇所はどうにもならない。そんな穴の開いたところはいち早く無くさなければならないが。
合奏レッスンしていると、私の持っている全てを伝えたくなる。はた迷惑だろうと何だろうととにかく伝えたくなる。私の思いの全てを判って欲しいと思う。私から溢れ出る全てのパワーを受け取って欲しいと思う。
なぜだろう。それが意味のある事かどうか判らない。
でも、なんとしてもそうしたい衝動は日増しに強くなる。
無条件にあなた達を信じ、そのあなた達に私のもてる全てを伝えたい。
それが今の私の全てだ。
昨日から新しい来年度メンバーの何人かが練習に正式参加している。
いきなり定期演奏会直前の緊迫した合奏に放り込まれてびっくりしているかもな。
しかし実際の練習の様子では、どうって事無い、へっちゃらサ、という感じもする。たくましさすら感じる。
で、吸収力が凄い。上手くいかないところを何度かやるとやる度に出来るようになる。自信なさそうだけれど、何点かアドバイスをして繰り返すとすぐに定着する。欲を出してもう少し!ってがんばるとやっただけ伸びる。
こうでなくちゃね。
TSW諸君、ぼやぼやしてると置いて行かれるぞ。
…でもね、それは楽器のテクニックのこと。
TSW諸君は楽器演奏のテクニック習得だけではない、凄まじい鍛錬を繰り返してきた。
そのことについて大いに絶大なる自信を持つべきだし、新TSW部員の素晴らしい見本になることが出来る。
あの環境の中、あなた達は本当に良くやっている。今日の帰り際、みんなが中庭などで練習しているのを見て「たった2年間でこれだけ出来るようになったのは奇跡だよな!」とスタッフ達と話した。
しかも、最近少しずつだが悲壮感が無くなってきている。誰かが、「やれ!」と言うからやるのではなく、自分がやろうと思うから「やる」。しかも出来る限り高いレベルを目指して。
練習をすることそのもの、や、練習して出来るようになること、の喜びを少しずつ理解してきているのだろうか。
あなた達がここのリーダーになれる日はそんなに遠くはないと思う。お世辞抜きでそう思う。だからこそ要求は妥協しない。
私の宝物達よ、諦める事なく考え続け、やり続けてるんだぞ。TSWの誇りを持って。
先の瀞ホテルで始めて食したものがある。20年前の話。
三宝柑。
泊まったときのデザートに出た。酸味は強め。甘さは主張しすぎず、むしろ頼りなく、しかし、香りが良かった。
その時「このあたりでしか採れないんですよ」と教えていただいた。
その数年後、なぜか木曽川上流へ釣りに行く途中、恵那か中津川か、国道19号沿いでトラックから直売りしている三宝柑を見つけた時以外、中々手に入れることが出来なかった。幻だった。
昨年末、紀州ミカンを買いに尾鷲まで来たときにもなかった。
が、しかし!今回見つけたのだ。
とてもさわやかだ。今回もデコポンとか他のポンカン系のみかんとか色々買ってみたけど、やはり三宝柑は秀逸だ。オレンジとかネーブルのようなむせるような甘さとは正反対の、なにかとても日本風でさわやか、控えめだけど忘れることのできない上品さがある。それを越えるのはきっと文旦くらいだろうな。
今まで三宝柑はなかなか出逢えなかったから、まず見つけた尾鷲の先回のお店で確保し、その後新宮のジャ○コでもあることを確認し、充分買い足した。
今回はたまたま時期が良かったのだろう。幸運だった。
今、我が家は柑橘系で一杯。
食べきれなかったらミックスオレンジマーマレードでも作ろうということになっている。
持病のことは、少しの間、横に置いておこう…。