なぜ

エルシステマに魅せられたのか。随分遠い南米のベネズエラという国の音楽システムになんか頼らなくても、日本には既に優れたシステムや教育実践やもちろんその成果も充分あるのに、なぜそこに理想があると感じたか。

とにかく考えを誰かに伝えるために作らなきゃ、とこの記事の背景にある講演会に合わせて(機会があれば参加者に読んでいただこうか、と)まとめてみた一文を転載する。

説明になるかどうかわからないけれど。

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エル・システマを考える   10/11/05 NGO

[エル・システマを知る]
 20余年、学校吹奏楽の世界に居た。その間ずっと悩み考え、私なりに思い描いていた理想の音楽教育環境があったのだがそれらは絵空事として諦めて久しい。ところがつい最近エル・システマの存在を知った。そこには長年にわたって私が思い描いていた理念や環境や活動が既に整っていて、しかも全世界を感動の渦に巻き込んでいる。自分の努力が足りなかった事を痛感し、今さらながら再度本質を極めた音楽教育環境を構築する可能性を探りたいと考える。

[エル・システマとは]
 エル・システマとはベネズエラの音楽教育システム。「奏でよ、闘え!」がスローガン。「ベネズエラ自前のオーケストラを作る」という音楽活動として始まる。次第に社会的弱者(貧困者・障害者・犯罪者など)の社会復帰支援や立ち直り支援などを含め、貧困や犯罪などにあえぐ様々な子供達の生活を向上させながら、世界に誇りうる芸術や芸術家たちを育てるために発達してきた。国を挙げての巨大教育システムとしてさらに拡大成長している。

1 豊かな文化国家の建設
 純ベネズエラ産で世界に誇るクラッシック音楽を創出すること
 ・始まりは1970年代、ベネズエラ人によるオーケストラ運動から。
2 従来の基礎教育では出来なかった総合学習の実践
 子供達の才能を最大限伸ばし育てること
 ・人材を輸入するのではなくベネズエラで優秀な若者を育てる必要がある。
 ・児童レベルからの音楽教育システムの構築
3 ストリートチルドレン化を防ぎ犯罪防止に役立てる
 貧困や犯罪から子供を救い負の連鎖を断ち切ること
 ・音楽が社会を救う可能性への挑戦
 ・国や地方行政から公的資金を出させるためベネズエラ政府やベネズエラ市民が必要と考える社会問題に対して、政策活動として対応。
 ・助成を得る方便(?)がむしろ主体化していく。
 
 ラテンアメリカ23カ国、北米ではロサンゼルス・ボストン・ニューヨーク・クリーブランドなど、EUではドイツ、スコットランド、イタリア、スペインなど、世界各地で「エル・システマ」を参考にしたプログラムが始動している。
 
[日本への導入]
 日本へシステム導入する場合のポイントを上記3項目と対応させてみる。
1 夢のもてる将来を
 高い目標を掲げ先駆すること
 ・単なる音楽教育活動とは捉えない。どの分野に進んでも人間として優れた能力を発揮できるような人材を育てる。
 ・子供達の希望と夢。
 ・理念の徹底。
2 教育の再構築
 全ての子供達を「ヒト」から「人間」になるまで教え育てること
 ・「できるようになる」ではなくて「できるようにする」(特に幼少年期)。
 ・後々の可能性のための種蒔きは本人には出来ない。「やったことのないことはできない」「教わったことのないことは分からない」「練習しなければ上手にはならない」。
 ・手間を惜しまず信じて待つ。励まし勇気づけ教え育てる。
3 子供達の居場所を確保し、能力開発を阻害するものから子供達を守ること
 日本にはベネズエラのような身の危険に迫るような状態はまだまだ少ない。一番切迫しているのは学校・社会・家庭の教育力不足に起因する諸問題。当面直接の身の危険は無いが、生涯に渡り大きな危機や困難を招く問題である。
 ・子供達の社会能力欠如の要因は多岐にわたろうが、一番は「子ども中心主義」や「子どもの主体性論」、即ち「子どもの目線」を大切にするあまり「社会の視点」を重要視しなくなったことだという。補完するには、子供の社会性育成を阻害するものから守る為に日常的な居場所を確保し多くの他と関わりながら社会的ルールを教えていく仕組みの確立が必要。
 ・豊富な経験機会の場
 ・用事が無くてもそこに居たい、と思わせる時間・空間、安心感や連帯感の創出
 ・既存の機関(音楽団体・教育機関・福祉機関等)との連携。横のネットワーク

それらは、アブレウ氏の言葉
「オーケストラが持つ不可欠にしてただ唯一の特徴は、「合意すること」を前提に集まった共同体だということです。団員が学ぶのは協調の中で生きる方法です。」
に大いなるヒントがある。

[子供の心を変えること]

エル・システマのような教育プロジェクトの成功条件
 ・目的がはっきりしていること
 ・仕組みがしっかり確立していること
 ・その活動にある程度多くの時間を割いていること
  (例えば一日4~5時間で週に複数回。子どもにとってそれが日々のmain activityになることが大事)
が、子どもの心を変えるためには必要
    エルシステマ創設者の側近であるEduardo Mendez氏の言葉

 教育学者・三浦清一郎氏は教育によって「優しい心の持ち主」にさせるのは不可能であるという。なぜなら「優しい心」をどうやって評価するのか方法が無いというのだ。「優しい行為」は教え指導しその結果を評価することも可能だが、「優しい行為」の奥底で何を考えていたか真実を知ることも評価することもできない。これが現代教育の限界で、その先は哲学や宗教に委ねるしかないのだと。(確かにそうかも知れない。しかし委ね先には哲学や宗教と同列に芸術・音楽も含めるべきではないのか。)
 一方、ベネズエラでは上記のような日本の教育の限界を軽々と超え、子供の心を変えるためのエル・システマのオーケストラ活動実践が凄まじい成果を上げているようだ。心の奥底で人と人が関わらなければ成り立たない音楽実践を目指したからこそ可能になったのだろう。それはアブレウ氏の「(音楽によって)言葉では表せない何かを示される。理屈では説明できない何かを示されるのです。それは感覚的に受け止めるしかありません。子供たちは音楽に心を貫かれその鼓動とオーケストラでの役割を担い変わり始めます。」という言葉に端的に表れている。
 今、日本の将来を見据えて一番重要なことは「子供の心を変えること」。それが今までの教育の範疇で出来ないのであれば、従来とはまったく別の方策を持ってしてでも実践する必要がある。「心を変えていくこと」こそが抜本的な諸問題の解決に繋がるものと確信するが、道は障害だらけで無きに等しく果てしなく遠い。まさに「奏でよ、闘え!」である。
 佐藤正治氏の言葉「日本で発生している青少年の犯罪に対して、犯罪者は常に存在するという前提で防犯策が論じられているが、犯罪者を作らないための根本的な政策に大きなヒントを与えてくれるのがアブレウ博士の実践であるような気がする。」はその大きな裏付けである。
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