(日誌より)
体調不良やケガとかで来れないならしょうがないと思うけど、気持ち的なやつで来ないのは何かもったいない気がする。
立ち止まってたら、前を走ってる奴にどんどん離されるし、裏から来る奴に追い付かれるか抜かれる。
でも、離されたり、追い抜かれたなら、そいつらよりも速く走れば追い付けると思う。
壁にぶつかったなら、そこで止まらずに少し下がって助走を付ければ飛び越えれるか体当たりで壊せると思う。
壊せないと思って走るのを止めたら前には進めない。で、周りに置いてかれる。
助走を付けずに壁に体当たりを続けていたら壊れるかもしれないけれど、自分の体も壊れるかもしれない。
俺だったら自分の体を壊さずに壁を越えたいな。
もひとつ。
(日誌より)
今、○○はがけから落ちそうなところにいる。必死に、○○を助けようと、上から手をのばしている人がいる。でも、○○は手をのばしてその手をつかむ(にぎる)事をしない。
今、鼻水が出てきて手をつかむ事が出来ない。でも鼻水をかもうともしない。それじゃあ、がけからズルズル落ちてって死ぬだけだ。手をのばしている人も疲れてきて手をのばしているのをやめてしまう。○○を引っ張っていくのをやめちゃうよ。何かに悩んでいるならそんな物捨てて手をつかめよ。
死にたくないならその助けに答えろよ。
素直になろうよ。
言い訳なんて言うのやめようよ。
それぞれの心の中で少しずつ何かが変化しつつあるのかもしれない。自分自身でも気がつかないほど小さな変化。
時間をかけてその一つ一つを積み上げていくしかない。
がけから落ちそうになっても少しずつよじ登っていけばいい。
でも、サポートの手をつかむ事に躊躇してしまうのはなんでだろう?
端から見てると「何で?」って不思議だよなぁ。
積み上げている間に、めげたり、折れたり、自分で道を断ち切るような事はしないで欲しいと思う。せっかく、少しずつでも積み上げてきたのに、もったいない。
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