1月
09
休養
一晩寝ても復活しなかったのでお休みにした。
熱は下がったが下痢と嘔吐は薬で抑えられている感じ。
少し空腹を感じたので食べてみた。そこそこ食べられそうだったので調子に乗って食べ過ぎたかも知れない。また胃が痛い。一日寝ている。
そのかわり、午前中にとても良いものを見た。宝物を拾った。
終末期ガン患者緩和ケア病棟の話。余命何ヶ月と宣言された人たちがそれでも、自分らしく最後まで生きるために歩行訓練などのリハビリを受ける、という特集番組。
あと余命半年といわれた人がリハビリを受け、肺に水も溜まらなくなり半年後には自分で歩いて退院する。寝たきりだった人が、トイレだけは自分でしたい、と自分のベッドにいるときもグーパーグーパーを繰り返し握力を復活させ、次第に平行棒を使って歩けるようになる。そこから生きる喜びにあふれる笑顔が生まれる。
回りのケアも大切だが、本人の強い気持ち無しでは到底なしえない。生きる望みすら失いかけた人たちがそれでも自分らしく生きたいという強う欲求を奮い起こし、その決意と努力が自分の体の自然治癒能力を高めるらしい。
リハビリを受けることでガンが完治するのではなく、余命を少しでものばし自分らしく病院のベッドではなく家族に囲まれて寿命を全うしたい、その望みが奇跡を生む。
人の力って素晴らしい、意志の力って計り知れない、と感動した。
若くて元気なはずのどこかの部活動の高校生メンバーが、何も出来ずにいるのとは大違いだなぁ。何処が違うのかなぁ?
違うのは気持ちだと思います。
みんな「変わりたい」「悔しい」とか言ってるけど、じゃあ何かやったのか?
何かやろうとしたのか?
本当はそこまで変わりたいって思ってないんじゃないですか?
そこまで真剣になってないんじゃないですか?
本当に変わりたいなら悔しいなら何かやろうとするはずじゃん。
そこまでの気持ちがあったなら、今出来ること、やりたいこと、やるべきこと…いっぱいあるはずじゃん。
寝る時間無くなるくらい何かあるはずじゃん。
口だけじゃ意味ないじゃん。
何かやらんと具体的に行動してみんと何も始まらんじゃん。
それが間違ってるかもしれない、失敗するかもしれない、すごい的外れだったりするかもしれない…
だけどやってみんと何もわからんじゃん。
みんなは「どうしよ〜」て中身の無い話し合いとかして、「変わりたい!変わらなきゃ!」て中身の無いこと言って、「辛いんです。考えてるんです〜」って結局逃げてる感じがする。
もうほんと悔しい。
まだ自分に全然納得いかない。
気付いたこと、考えたこと、感じたこと、みんなに伝えたい。
伝わらない。
違う方法、上手くいかない。
幹部がドリルスタッフがまた同じ失敗を繰り返す。
みんなが昨日と同じこと繰り返す。
また伝わらなかった。失敗だ。
次どうする?どうしたら伝わる?何が駄目だった?
もう嫌になる。逃げたくなる。
基礎練も上手くいかない。
曲練習も上手くいかなかった。
なんで?ど悔しい
本当は自分が逃げてるんじゃないか?
自分が1番駄目なんじゃないか?自分はつもりになってるだけなんじゃないか?
まだ出来るはず
やるべきことある
まだ納得いかない
全然納得できない
ど悔しい
諦めない
負けるもんか
絶対やってやる
みんなで音楽やりたい
言われてからで、本当に遅いけど昨日家に帰ってから先生のブログを全部読み返してみました。すごく時間がかかった…だけどその中にたくさんヒントがあったと思う。まだ、自分の中でうまくまとまっていなくて、上手に言葉にできないけど…読んでいて胸が苦しくなった。自分が情けない…ドリルスタッフで失敗して、次は失敗しないようにって気持ちばかり焦って結局からまわり。変われていない…難しく考えすぎているのかな。本当に見るべきものが見えていないのかな。なんでだろう…。
わからなかったなら、たりなかったならもう一回ブログを読み返してみる。何回でも読み返してみる。今、見えていないことも見えるようになりたい…!
難解なことではないと思う。
やってみようと思うこと。
実際に行動すること。
上手くいったかどうかなんて後から考えればいい。
心が全く解き放たれていないように感じるなぁ。