10月
17
超能力

TVドラマをレンタルDVDにて連続でみた。
みんな!エスパーだよ!

DVDは4枚で、1枚に3話収録。合計12話。
最初の3話まで(つまり1枚目全部)見終わった感想は、

だははは!なんじゃこれ。

いわゆる超能力物って、超能力という「いかがわしい」ものを如何に「真面目」に扱うか、がポイントだと思っていたが…。

デトロイト・メタル・シティと原作者は同じだから大概のことは予想していたが、それでも「これ放送して大丈夫?」な事ばかり。
度肝抜かれながら、ヒヤヒヤしながら、ゲラゲラしながら、とりあえず1枚目を見終わった。
三河弁も「どすごい」し。

でも。
数日経って少しずつ(真面目に)気になることもあるぞ、と思ようになった。
例えばオープニングやエンディングの歌詞。聴き取りにくいがいくつかのキーワードだけが浮かんでくる。しかしその言葉がおよそドラマの内容と合わない。「なんだろ?」

とにかく全てを観てみなければ判らないと、連日見続けて最終話まで行き着く。

やっぱり。
随分話が進んでから、歌詞のテロップが出るようになった。
張り付けて良いのかどうか判らないけれど、リンク貼ってみる。オープニングはこれ。(Where’s) THE SILENT MAJORITY?/高橋優エンディングはこれ。夜間飛行/石崎ひゅーい

 
突然超能力を持つことになり、なんの取り柄もなかった者がその力で「世界を救いたい!」と望むこと。
力は一人だけなのではなく、ある条件が整った人達には皆与えられること。
しかしその力を持っている本人も周りも使い方を間違え(その間違え方も意味深かもなぁ…)バカバカしく茶化し、さらにはその力を押さえようとする勢力の示唆。
そして周知されると誰からもバカにされ見向きもされなくなり、その素晴らしいはずの力について失望していく様。

 
それって3.11以降、人々の気持ちの流れについての痛烈な批判とみた。

困難に立ち向かうために、なんの取り柄もない自分でも何かできると信じたこと。
自分の力を信じて行動を起こしてみようと思うけれど、やりかた判らないからなかなか進んでいかずもどかしい思い重ね、次第に疲れていくこと。
そのうち、その民衆パワーに危機感を持った、一部の既得権者が策を尽くして少しずつ民衆パワーを突き崩していくこと。
いつの間にか骨抜きにされ、どうせ自分一人頑張ったって何も変わりはしない、世の中ってそんなものよ、そもそも自分の生活犠牲にしてまでやらなくても良いでしょ、と諦めていくこと。

そんな事への痛烈な批判を過激でエロなバカバカしいエピソードで何重にもくるんで、一見わからないようにしている。
で、本当に判ってもらえなさそうだったから、途中から歌詞を読めるようにし本来の意図のヒントを少し表に出してみたんだろうと。
他にもそんな雰囲気を感じる場面が色々あった。
ヒミズ」とよく似た場面とか…なんで仰げば尊し歌いなが延々と夜の商店街を走るのか?しかも旗掲げて。
愛のむきだし」にもパンチラ盗撮という訳の判らない素材が入っているし、扱いが似てる。(両方とも園子温監督作品。)

高校時代、現国の教師が「月刊プレイボーイという雑誌は、女性のハダカと政治や経済や文化を同列に扱い、女性のハダカにしか興味の無いような層にまで政治や経済や高度な文化の話題を提供したんだ」といっていたのを深い記憶の底から思いだした。(それが本当がどうか知らないけれど。)

原作(コミック)はまだ全て読んでない(1巻と2巻は入手済み)から、原作には既にその流れがある、のか、原作には無くしかし素材とは関係なくこのテーマをTVドラマに内包させている、のか良く判らない。

そもそも読みが合っているのか判るはずがない。しかし、私にはただのエロコメディには見えなくなった。

1年遡ってもう一度やり直す。それがせめてもの希望の綱なんだろう。
1年遡ってやり直せ、と。

そう考えついて、ネットをさまよってみたけど誰一人としてそんなこと言ってない。いってるのまだ見つからない。
このエロばかばかしさが「ある」か「ない」かに終始してる。

東三河の人達は、このドラマの舞台に当地を選ばれたことにいい気がしていないかもね。
(あのドラマ、えげつなくてどいやじゃんねぇ。そだらー、なんで東三河にしたんだてー。)
でもね、違うと思うんだ。