自分がいったい音楽に何を求めているのか、つらつら思い巡らしている時に、30年以上(だと思う)前に読んだ本のある一節をいきなり思いだした。
その本のプレビューなどを見ると
これが、魂の音楽だ! トランペットの響きに魅せられ、ニューヨークのジャズメンの世界にとびこんだ少年の熱くほろ苦い日々。「最高の青春小説」として、若い読者の圧倒的な共感をよんだ話題作。
などとあって、「え?青春小説だったのか?」と思ったりもするのだが…。
探したら本棚にあったので読み返した。
思いだして良かった。
そのなかの演奏描写が強く印象に残っていて、少々長くなるが、引用する。
7 リハーサル より
〜〜ゴッドフリーは、ウィル・パークのほうを向いた。「ウィル、この曲には題が付いていないんだ。この曲は、あんたにどんなことを言ってきかせてるね?」
「そういうふうには、おれはこの曲を聴いてみなかったんでな」と、バークは言った。「ただ、どういうふうに組み立てられてかってことだけ、おれは聴いてみたんだ。」
「感じ取れよ」と、ゴッドフリーは言った。「もう一度、考えて、感じとれよ。」
バークは、そこに数秒、立ったままで、天井を見上げ、それからこう言った。「そうだな、お堅いよう(スクェア)に思われるかもしれんが、この曲はおれには子供たちが遊んでいるみたいに聴こえたな。」
ゴッドフリーは、喜んだ。「ズバリだ。だからこそ、あんたはここに来てるんだ。おれは、あんたならそれをぴたりと掴まえてくれると思った。よしきた。あんたが子供のときのとおり、やってくれ。街でどんな感じだったか。だれがあんたは好きになったか、だれがあんたを苛々させたか。お回りや教師や両親なんかを引きずりこんでくれ。そういうの、みんな引きずりこんでくれ。あったとおり、吹いてみせてくれ。それできみたちは」−−ゴッドフリーは部屋を見まわした−−「耳を傾けて、そのどれかがわかるかどうか、そのなかに入りこめるかどうか聴きとるんだ。きみたちが子供だったころのことだ。サム、きみもむかしは子供だったんだろ、え?」
ミッチェルは、唇をすぼめた。「おれは八十二年前に生まれてな、毎日、若返ってるんだ。ここにくるときいがいは、よ。ここに来る日は、おれの寿命に十年つけ足すことになるぜ。」
「おまえは、きっと警官にだってなれるぜ」と、ゴッドフリーは言った。彼は、ピアノのところにいき、テンポを叩きだした。で、音楽は、始まった。それは、ぼくがこれまでに聴いたことのあるうちで最も並みはずれたジャズの二時間だった。最初、バークのために背景となる音は、いまや完全にミュージシャンたちによって極めつくされたモーゼの譜面(スコア)によって、ほぼ完全に構成されていた。しかし、バークがもっと自信を持って、しだいしだいに個性的な即興演奏をやるようになると、他のメンバーたちも、音楽にじぶんじしんのアイデアやフィーリングを徐々につけくわえはじめた。モーゼの譜面(スコア)に基ずいて、かれらは、バークが演奏しているものにたいして、そして、めいめいお互いの言いたいものにたいして、反対(カウンター)メロディ創りだした。まるで複雑だが奇妙に美しい絨毯を一緒に織っているとびぬけて技倆のすぐれた職工の一団を見まもっているようだった。モーゼが望んだとおり、中心になる物語の筋は、いつもバークによって決められた。彼の両目は閉じ、両頬はふくらみ、バークは、そのトランペットに物語らせていた。ほんとにそのトランペットが話していた時があった、とぼくは言いたいのだ−−いや、むしろ−−ふくみ笑いをし、鼻を鳴らし、唸り、冷笑し、激怒し、すすり泣き、どなり、囁いていた、と。そして、かれは、ぼくがこれまでに聴いたことがないようなメロディーを創りだしていた。けれども、それらのメロディを一度聴くと、すぐにそれは聴きなれたひびきをもってくるのだ。フットボールの長いパスみたいに、舞い上がって、ぽいとすくい上げられるメロディーがあった。眠っているなと思われてるときに、暗闇で話してるみたいなメロディーがあった。
バークと他のミュージシャンたちがその音楽を五回目か六回目かやりおえるころには、ぼくは幼年時代の記憶から、もう何年も考えてもみなかったいろんな場所のことを想いだしはじめていた。そして、そのころの感じも。
あるとき、バークは深くブルースに突っこんでいったので、ぼくは、ぼくも死ぬのだ、始めて死について考えたときのことを想いだし、突き刺されたみたいになった。十一歳のころで、とても高く長たらしい丘を、ぼくは登っていた。半分くらい昇ったところで、とつぜん、ぼくは永久に生きるわけじゃないという考えが浮かんだ。じっさい、そのとおりなのだ。それから、ぼくは、あと何年のこっているかなあ、と思い、そのこと断続的に長いあいだ考えあぐねたのだ。〜〜中略
〜〜彼女は、見上げ、びっくりし、それから苦笑した。
「ちっちゃな女の子にかえってたの、わたし。」と、彼女は言った。「ね、モーゼ、人形といっしょに遊んだり、ママがお料理するのを見てたり、学校の黒板を消しにかかったり。ヴァージニアのダンヴィルにもどってたの。」
「おれは、シカゴのサウス・サイドでフルーツを盗んでたぜ。」サム・ミッチェルは、かすめてきたものの味をためしてみることができるみたいに、舌づつみをうちながら、言った。「そいで学校サボって映画にいってたんさ。」
ミュージシャンのだれもが、ゴッドフリーの背景になる音楽とウィル・バークのトランペットのまわりで即興演奏をやりながら、じぶんの瞬間的回想(フラッシュバック)をおこなっていたのだ。今や、だれもがバークの話すのを待っているようにみえた。かれは、まわりを見まわし、またすこし頭をふり、腰をかけて、泣いた。泣くのは、長くはつづかなかった。当惑して、バークは、ポケットに手を入れ、巻煙草を一本とりだした。「モーゼ、八つくらいのときから初めてだよ、泣いたのは。」〜〜
この部分を読んで、音楽はこんな奇蹟のようなことを起こせるんだと知った。
たとえ、これが小説の中の話しだとしても、実際に起こりうることなんだと直感した。そして涙を流した。
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