WIND MESSAGE

by NGO

OLD WIND MESSAGE 新年度特別号

1996.4.28

NGOがT邦吹奏楽部時代に書いたものを再掲載します

 新一年生諸君、遅れましたが吹奏楽部にようこそ!

 君たちはこの東邦高等学校吹奏楽部というクラブに入部してきました。入ろうと思った動機も人それぞれだと思います。また、このクラブが吹奏楽部であることを知っていても実際にどんなクラブで、何をやろうとするクラブなのか、ほとんど良く解らないだろうと思います。今まで吹奏楽を含めていろんな音楽に携わった人たちも多いとは思いますが、おそらくこのクラブでやろうとしている事を理解するのにはそれなりの努力と時間がかかるでしょう。
 かと言って別に複雑な事をしようとしているのではありません。事柄は単純明快です。我々東邦高等学校吹奏楽部は文字どおり「音楽」をやるためのクラブです。それ以外のなにものでもありません。ただし、目指すべき「音楽」とは偽物のいい加減なものではなく、本物の「音楽」を目指しています。
 大切なのは本物の音楽とは何かであるか自分自身で見つけだし、自発的に行動していく事なのです。

 それを実現するには、何の予備知識がなく心の準備もないと生半可なことではありません。もしかしたらあなた達が今までやってきた事をことごとく否定する所から始まるかもしれません。今まであなた達が「音楽」と信じてきた事をきれいさっぱり捨てなければならないかも知れません。「音楽」だけでなく「人間」とか「生き方」とかを真剣に考え直さなければならない時もあるでしょう。この事は人にとって一番辛いことです。「今までの自分はいったい何だったんだ!」「今までのことがダメなんだったらこれから何をすればいいの?」と言うことだけが頭をめぐり、何も考えることができず、何もすることができない自分にあせり、自信喪失し、何もできなくなってしまうからです。その人にとって本当に辛い一瞬です。しかし、絶対そこで諦めてはいけません。
「もうだめだ」と思った時、それがあなたの限界です。逆に言えば、決して「もうだめだ」と思わなければあなたの能力は無限です。どんなに辛いとき、苦しいときも諦める事無く前を見続け、前進し続けようとすれば、必ずその壁は崩れるのです。
 その諦める事無く前進し続けようとする強い意志こそ、本物の音楽をめざすために一番大切なことなのです。その強い意志を自分自身の物とする為にたくさんの過酷な試練を乗り越えなければなりません。乗り越えるために自分自身を変えていかなければならないのです。この事無しには絶対本物の「音楽」は出来ないと確信しています。
 自己対面し、自己認識し、自己変革し、自己決定する事。それが、この東邦高等学校吹奏楽部の活動をしていく為の一番根底を成すことなのです。

 今このクラブにいる2、3年生は今に至るまで本当に辛い思いを重ねて来ました。新入生の君たちには想像もできないような大変な状況をくぐり抜けてきました。深い傷を負いながら、自分自身の限界の縁をさまよったことが何度もありました。でもやっぱり最終的には「音楽が好き、吹奏楽好き、みんなと一緒に音楽やりたい」という思いが残り現在立派に活動してしています。
 新入部員である君たちにもすぐ近い将来その試練が来ることでしょう。
 そこで負けてはいけません。逃げてはいけません。どんなに苦しくてもその先にすばらしい本物の「音楽」の世界があることを信じて疑わないことです。

 なんだか、すごく大変だ、ということを強調して書いているように思うでしょう。後から考えると実際にはそんなに難しいことではないかも知れません。もちろん乗り越えた人にとっては何だこんな事か、と思うことでも直面している人にとっては生まれて初めて経験する大事件に感じてしまうのも事実ではありますが。

 その為に私や先輩たちは色々な事を諸君に要求します。何とかそれを乗り越えることを心から期待します。一つ一つのことは難しくないはずです。きちんと話を受けとめ自分自身で考え丁寧に確実にやればいいだけですから。唯一君たちが解らなくなり混乱することがあるとすれば、それは、誰も答えを教えてくれない、ということです。そうなった時たぶん君たちはこう言うでしょう。「具体的にこれをしないさい、と言ってくれる訳でないのに、何もできるわけない。」「駄目だ、ダメだ、と言うばかりで、何が駄目なのか言ってくれなければ解らない。」
 大切なのは、人に言われて初めて思考したり行動したりするのではなく、具体的に何をすればよいか、問題点が何なのか自分で見つけだすことなのです。
 直接その事について何か教えてくれるのは初めだけです。後は、学んだこと知り得たこと一つ一つバラバラなままにしておくのではなく、もう一度自分の中で組み立て直し有機的に結合させてゆくことによって具体的な事はどんなことなのか、何が駄目なのか、が自分自身でわかるようになるのです。
 答えは、人に聞いても、マニュアルを探したってどこにもありません。自分の中にしか無いのです。自分自身が探し出さなければ永遠に見つからないのです。 
 もし敢えて何が答えか言うならば、それはこうなります。
 「自分自身で問題点を見つけ、解決策を探し、実際に行動し、前に進むこと。その事を、精いっぱい努力してやるのではなく無意識に出来るようになる事。そして、何か不満があっても決して他人に向けることなく自分自身へのステップだと考えること」

 こんな事を書くには理由があります。あなた達は今までこんな事を考える機会がなかったと思うからです。何となく人に言われるまま、「それをしなければならない」「それをしてはいけない」と言う基準だけで物事を考えて来たと思うからです。その証拠に「それ、しても良いんですか?」と言う質問がいかに多いか!これは、自分で判断することを放棄している質問に聞こえます。
 本来なら「良い、悪い」の問題ではなく「やりたいか、やりたくない」或いは「やるべきか、やめるべきか」と言う尋ね方になるはずです。「やる」と決めた時にどういう障害があってどう乗り越えるか、「やらない」と決めた時にどういう影響があって人にどのように迷惑をかけるか、等と考えなければならないはずです。その上での質問ならいくらでも引き受けます。何も考えずに気楽に私に判断を求めると痛い目に遭います。「自分で考えな」と冷たくあしらわれます。
 君たちは、いつも誰かが指示をしてくれて、あまりにも親切にされ過ぎてきたのです。それに慣れてしまって自己という物をどこかに忘れてきてしまったのです。決して君たちが悪いわけではない。しかし、このままだとあなた達自身が困ってしまってどうにもならなくなる時が必ず来ます。誰かに守られているうちは感じないでしょうが、社会に放り出された時に何もできない自分に気が付く(気が付けばまだましですけど)でしょう。その時では手遅れです。
 人から言われた事しかできなかったら、それはあなたのオリジナルな物ではありません。自分自身の物(音楽)を引き出すために私は必要以上の事を言いません。だからといってあなた達は何もしなくて良いはずがありません。あくまでも自分自身の中から何かを見つけ、行動するのです。

 一番はじめに「我々東邦高等学校吹奏楽部は文字どおり「音楽」をやるためのクラブです」と書きました。その「音楽」をやるために必要なことは、すなわち人が人として生きて行く上で必要な事と全く同じだと言うことが理解できたと思います。我々は楽器ロボットではありません。ロボットにならないようにするには、自分自身が気をつけ努力する以外方法はないのです。